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奈良のアラカルト=ナラカルトは奈良の観察記録です。

奈良公園 早春を歩く/萌えでる春にほど遠くても立春を過ぎれば目に暖かい風景が広がります。

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寒々とした冬の枯れた色の間にいつとはなく暖かい色が増えてきました。春霞の中に遠くの連山が浮いているようで景色が柔らかくなりました。春とはいいながら、いまだに北風の冷たい日もありますが、目に映る梅や水仙の花が気持ちを軽くしてくれます。

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春寒の季節。ときおり白いものがちらほらと舞い降りてくると、ほころび始めた花々のつぼみが縮み上がっています。それもまた早春の味わい。ともすればしっかり着込んでいないと寒くて仕方がありませんが、待ち遠しく思う春もまた乙なものです。三寒四温。ときどき春めいた日差しが胸の奥まで射してくるようです。

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東大寺から飛火野へ 朝に歩く/夜の気配もほんの少し。古代の人と同じ景色の中にいるような感じがしてきます。

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奈良でもっとも贅沢な時間は明け方。とても寒い季節ですが冬だからこそ透きとおった風景が広がります。ほんの短い時間でも心の奥深くまで染みてきます。東の空がうっすら青みを帯びてきて、やがてほんのり赤い色が混じってきます。美しいということばさえ忘れてしまうような朝のひとときです。

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すべてのものが自分とともにあるようです。宇宙の生き物であることが実感できるような瞬間です。なにを大袈裟なというなかれ、そこに一度でも足を踏み入れればその世界へ自然に取り込まれていくことでしょう。東大寺から飛火野への散歩道は宇宙の彼方に通じる道でした。いやはや!

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奈良 鳥と歩く/鳥たちのパフォーマンス、なんとも楽しく。冬ならではの澄みとおった囀り、なんとも心地よく。

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奈良公園の周りには原生林。神社仏閣の境内にはこんもりとした森。そして自然林を有するいくつもの古墳群。数え切れないほどのため池と大和川とその支流。豊かな植生が連なります。これはもう鳥たちの天国です。冬の渡り鳥も、夏のツバメたちも、ひっきりなしにやってきます。

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寒い季節、渡り鳥をはじめ、雀などのなじみ深い鳥から猛禽類の鳥まで大小さまざま。ひょっとすると古代にはもっと多くの種類がいたかも知れません。さまざまな囀りを聴きながら和歌を詠んでいたのではと思わせる光景がそこここに。歌ばかりは簡単に習得できませんが、せめて鳴き声を聴いて鳥の名前とありようを学びましょうか・・・!

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奈良町 猫の町/奈良の旧市街は「にゃらまち」と言われるほど猫の多い町です。ニャンで、かな?!

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奈良町は古い町並みだけに、小さな祠から世界遺産の寺院までそこここに信仰の場が点在しています。そこは生き物を殺生しない空間です。そんなこともあって古くからどこの寺院や神社にも猫が住みついていたのでしょう。いまなお境内のあちこちで遊ぶ姿を目にします。猫好きの僧侶も多いようで猫にとっては至極ご満悦の様子。野良猫にもかかわらずまるまる太った猫も珍しくありません。

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鹿のそばを悠然と歩く猫、凄まじい勢いで道路を横断する猫、屋根の上でひっくり返っている猫、喧嘩好きの猫、縄張りを荒らす猫・・・最近は洋猫との混血も多く見受けられますが、家猫も、野良猫も分け隔てなく可愛がられているようです。野良猫といえども近所の人に名前をつけてもらっている者もいるほど。何をか言わんや、です!

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東大寺 端を歩く/境内の北には塔頭。末寺というべきか、子院というべきか。往時を偲ばせる土塀が連なっています。

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二月堂の裏参道を降りてくると塔頭が続きます。どこも上品で、どこかしら瀟洒な感じがします。いまでは僧侶の家族住宅にもなっていますが、本来は先人の住職亡き後、その遺徳を慕って側に寄りそってくらすというものでした。1300年の間にありさまは変容してしまいましたが、随所に片鱗をうかがわせるものが残っています。

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手入れの行きとどいた土塀。南大門や大仏殿の周囲にある賑わいは微塵もなく、ひっそりと、整然と、落ち着いています。正倉院近くまで歩いてくると公慶の暮らした龍松院があります。その山門の斜め前には再建のための勧進所(寺務所)に通い詰めた小道が走っています。脇には講堂跡が広がり、その向こうに大仏殿の屋根がこちらを見下ろしています。雑踏から逃げてきた鹿たちがのんびりして昔日の風景が広がります。

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奈良町 松の内/門前に掛かる正月の松飾り。きりりとして清々しく。鹿の鳴き声も新春を言祝いでいるようです。

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東大寺春日大社には引きも切らず押し寄せてくる参拝客でごった返していましたが、そんなときでも奈良町はひっそりとしていて昔ながらの家族中心の正月があるようでした。ふだんの観光客はどこへやら。ここに暮らす住人たちが自分たちの町を取り戻し落ち着きを見せていました。

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三が日が過ぎれば徐々にいつもの賑わいが戻ってきますがそれでも松の内はどこか乙に澄ました顔つきです。そこがなんとも言えない。1500年近く、寺院や神社と共に生きてきた町です。合掌する人も、煎餅をねだる鹿も、静けさの中に溶け込んでいます。

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鹿 とっておきの隠し芸/いたるところ景観が美しいのは鹿のおかげです、と言いたくなるほどです。

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芝を刈り取るように草という草はほとんどを食べ尽くしてしまいます。ときどき奈良町にもやってきて植木鉢の葉っぱも食べてしまいますが・・・。よく見ると地面から2メートル程度がすっかり切り取られています。つまり鹿の届く背伸びの範囲が食べ尽くされている・・・剪定されているのです。枝も葉もないので遠くまで見渡せるのはお見事。すべて鹿の仕業・・・いえ、おかげなのです。

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もう一つ不思議なこと。1200頭近くの鹿の糞がそこら中に転がっているのですがなぜかあまり悪臭を放つことがありません。じつは芝のあるところにフンコロガシがいるそうです。糞を餌にするとはなんとも殊勝な生き物ですが、とどのつまり糞を分解してしまうので臭いが抑えられるというわけです。結果として芝の養分にもなり緑したたる公園を保っています。それがまた鹿の餌になるというとても穏やかな食物連鎖が行われています。奈良の美しさは見た目ばかりではないのです。

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