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奈良のアラカルト=ナラカルトは奈良の観察記録です。

慈光院(1)臨済宗大徳寺派/土木普請奉行として知恩院の修復などを手がけた片桐石州の創建。端正な顔立ちです。

 

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茶人としても名をなした片桐石州大徳寺の名僧に参禅した大名だけに京都の文化に多大な影響を受けています。大徳寺といえば茶道を抜きにして語ることはできません。小堀遠州とも交流があったようですから、茶の湯の世界にどっぷりとつかっていた姿が想像できます。

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土木普請奉行となれば造営のなんたるかに相当くわしかったはずです。大徳寺の塔頭を初めとして完成度の高い建造物をいろいろ見てきたことでしょう。その経緯があったからこそ、慈光院は目を見張るものに仕上がったのです。禅と茶事のありようを形にしたような佇まいです。

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茶道といえば堅苦しさに辟易することがありますが、片桐石州の茶は厳格さと柔軟さが折り合いをつけています。作庭を見るにつけ、建造を見るにつけ、なにものにも囚われた跡がありません。作法や理屈を感じさせない茶の世界がありました。

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石州はひとりの大名に過ぎませんでしたが、徳川四代将軍の家綱の師匠として茶道を指導するまでになっていました。

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法輪寺/三重塔 幸田文の勧進があってこその再建です。江戸っ子が斑鳩三塔の景観を取り戻しました。

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幸田文は、三重塔(落雷によって焼失)再建に奔走する失意の住職と東京の出版社で運命的に出会いました。聞くうち、持ち前のおせっかいに火がつき勧進を決意しました。65歳から75歳になるまでの老人のふんばりでした。出せるものはすべてだし、着物がすり切れるほど日本を回り勧進したと言います。

痛快。感服の至りです。

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文は幸田露伴の次女で、父から厳格な教育を受けて育ったようです。露伴は谷中の五重塔を題材にした小説を上梓しましたが、この五重塔が焼亡する姿を文はじっさいに見ています。その時の無残な光景が法輪寺の三重塔に重なったのでしょう。見て見ぬふりをできなかった。父親譲りのいさぎよさが文のこころを奪いたたせたのです。

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「父は紙の上で文字の塔を組み立てた。私は実際に建てる総檜の塔を夢見た」文はやり遂げました。国家事業クラスの再建を65歳過ぎのおんなが全てをなげうって取り戻したのです。

宮大工の西岡常一たちが現場を仕切りました。飛鳥時代の工法で作り直しました。そして斑鳩の景観が復元されたのです。

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西大寺/中興の祖に叡尊。弟子に忍性。天皇も、非人も、帰依したとか。荒廃していた西大寺は再興されました。

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叡尊は貧民を救済することから仏教の教えを広めていきました。寺の運営の基本に社会事業をおきました。やがて弟子となった忍性はその在り方に強く感化され、叡尊の右腕となって社会事業に没頭しました。社会活動に熱を入れすぎて叡尊から戒められたという逸話も残っています。

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二人の活躍もあって西大寺は復興しました。聖徳太子信仰が基礎にあり、薬を施す施薬院や身寄りのないものを救済する悲田院などを創設しています。活動範囲は奈良にとどまることなく地方へと広がりを見せています。鎌倉時代仏教の力強さが伝わってきます。

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元寇が攻めてきたとき、叡尊は蒙古軍撃退の祈祷をして神風を起こしたといわれています。鎌倉時代仏教が発揮した底力、恐れ入ります。

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秋篠寺/奈良の苔寺。日常をすこし離れて苔青し。往時の大寺院もいまはひっそりしています。

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西大寺の北に秋篠寺はあります。昔日には寺領を争った間柄というほどですから、いかに大きな寺院であったのかわかります。奈良の多くの寺がそうであるように、歴史のうねりに翻弄され、秋篠寺も火災によって規模を縮小せざるを得ませんでした。金堂や東西の塔の礎石が残るばかりです。姿を大きく変えてしまいましたが鎌倉時代に再建された本堂は端正にして涼やかです。

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禍を転じて福となす。いまでは境内の大部を苔がおおい、雨に洗われたようで、緑あざやかなビロードが敷かれているようでした。柔らかで、なめらかで、ふわっとしている。質朴を旨とする寺院にあって、しっとりした苔があつらえ向きにできあがっているのです。虚飾のないさまにしばし立ちつくします。

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奥飛鳥 栢森(かやのもり)/飛鳥川がはじまります。吉野への街道が貫いています。栢森は宿場町として栄えました。

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天が近くなり稲が谷間を埋めつくしています。狭いところなのに窮屈さがありません。

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手谷川と行者川が合流して飛鳥川となります。下流の稲渕に比べれば小規模ですが、飛鳥川の水を利用した細くて長い田んぼが山間に連なります。念入りな仕事ぶりで稲はすくすく。米のおいしさは格別かもしれません。人間の辛抱強さとたおやかさを感じます。

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石舞台から歩いておよそ2時間の行程です。険しい山間とはいえ、ここまでの道は緩やかでのんびりした景観を楽しませてくれます。途中、高取城趾に抜ける山道もあります。吉野への重要な街道筋だったとは思えない静かさです。川のせせらぎを耳にすれば往時の音が聞こえてくるようです。このあたり役行者も修行したそうです。

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自然に同化しているような集落です。春を迎えると、トンボは飛び交い、オタマジャクシとアメンボは泳ぎ回り、飛鳥ホタル幼虫の餌となるカワニナという巻き貝もいると聞きました。汚染の進んだ水域にはいない生き物です。美しいと感じた田んぼは、大地から滲み出てくる生命の力強さに依っているのかもしれません。山の向こうからこの上なく爽やかな風が渡ってきました。

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奥飛鳥 飛鳥川にそって/古代からあった飛び石。向こう側に渡るのは待っている人がいるからです。

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稲渕集落に入るところに男綱が掛け渡っていました。ここの神事は神式で行われます。栢森(かやのもり)に入るところに女綱が掛け渡っていました。ここの神事は仏式で行われます。飛鳥川でつながっている村の神仏習合はいとおかし。

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稲渕の上流に栢森はあります。飛鳥川のはじまるところです。ときどき氾濫することがあったのか、この辺りでは橋の代わりに飛び石が古代からあったようです。万葉集の恋の歌にも詠われるほどですから日常的に使われていたことが分かります。

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男綱と女綱の綱掛神事は子孫繁栄と五穀豊穣のためのものですが、飛鳥川に掛け渡すことで悪疫の侵入を防ぐ装置でもあるそうです。集落の結界にもなっていて村民を守護しているとか。男綱と女綱、いまもって村民の厚い信仰に無くてはならない存在となっています。

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飛鳥川は古代の大動脈でした。生きるも死ぬも、生かすも殺すも、飛鳥川への取り組み方で大きく左右されました。

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奥飛鳥 稲渕集落/蘇我家打倒の気運が高まり謀議はここ稲渕で。入鹿の暗殺を経て国家の体裁は整えられていきました。

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奥飛鳥の入り口に蘇我馬子の古墳と推定されている石舞台があります。そこから少し南下すると稲渕の集落ですが、その途中にきわめて珍しいピラミッド型の古墳があります。これは蘇我稲目のものと比定されています。勢力の強さを物語っていますがそれだけに反発する力も大きくなっていました。

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稲渕集落に南淵請安の家がありました。小野妹子について遣隋使となった人です。最新の学問を持ち帰り、皇族や官僚に国の在り方に関わる重大な知識を伝えました。このとき蘇我一族の古い体質は否定され、ついには抹殺すべきという結論を導き出しました。

蘇我入鹿暗殺は成し遂げられ、時をおかずして大化の改新がはじまりました。国家の体をなしていなかった蘇我時代は終わったのです。それらのはかりごとは稲渕で秘密裏に練られたものです。国らしくなる、始まりのはじまりが稲渕でした。

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千数百年前から存在しているとおぼしき稲渕の棚田は標高差50メートル。工夫された石積みが続きます。すぐ脇を吉野に抜ける街道が貫いていますが、ここを頻繁に利用した持統天皇も、西行庵を目ざした松尾芭蕉も、ただただ驚愕したことでしょう。

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