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奈良のアラカルト=ナラカルトは奈良の観察記録です。

山辺の道 春を歩く 3/ひょっとすると縄文時代からあったのではないかと思わせる山道がくねくねと続きます。

記紀によると飛鳥時代にこの道はあったと記されていますが、言い伝えによると奈良盆地がまだ沼地だった頃にもその周縁の小道として存在していたようです。となれば数千年にもさかのぼる時間がこの道を歩いていたのです。柔らかな風の吹くのどかな春になりま…

山辺の道 春を歩く 2/春の野を渡る風はまだ冷たいといいながらも歩くにはもってこいの季節。暑くもなく寒くもなく。

摘み草の季節となり、桃の節句にかかせない柔らかな桃の赤とヨモギの緑が目に鮮やかです。どちらも女の子のための飾りとおやつにふさわしい。ヨモギの若葉はいたるところで風にそよいでいます。草餅となり小腹を満たしてくれ・・・いやいや、春の歓びに満ち…

山辺の道 春を歩く 1/奈良の古い道となればどこを向いても古代の気配が色濃く残っています。昔日のよすがはいずこにも。

ちょっと見には静かな田園風景ですが、いたるところに大小の古墳があって、その脇を通り過ぎるごとに古代の景勝がしのばれます。小さなものは直径一メートルほど。大きなものになると、なんと言えばいいのか、とにもかくにも巨大です。さまざまな種類の鳥が…

奈良町 春にほほえむ/柔らかい風 優しい日差し 梅のふくいくたる香りが漂いはじめました。

日本人は古代の昔から舶来のものをとても愛でていました。まだ独自の豊かな文化を持っていない頃ですから、その頃の先進国である中国の趣味に惹きつけられていました。文学も、絵画も、中国の真似をしていましたから、唐の文人たちが梅を肴に一杯やっている…

奈良公園 早春を歩く/萌えでる春にほど遠くても立春を過ぎれば目に暖かい風景が広がります。

寒々とした冬の枯れた色の間にいつとはなく暖かい色が増えてきました。春霞の中に遠くの連山が浮いているようで景色が柔らかくなりました。春とはいいながら、いまだに北風の冷たい日もありますが、目に映る梅や水仙の花が気持ちを軽くしてくれます。 春寒の…

東大寺から飛火野へ 朝に歩く/夜の気配もほんの少し。古代の人と同じ景色の中にいるような感じがしてきます。

奈良でもっとも贅沢な時間は明け方。とても寒い季節ですが冬だからこそ透きとおった風景が広がります。ほんの短い時間でも心の奥深くまで染みてきます。東の空がうっすら青みを帯びてきて、やがてほんのり赤い色が混じってきます。美しいということばさえ忘…

奈良 鳥と歩く/鳥たちのパフォーマンス、なんとも楽しく。冬ならではの澄みとおった囀り、なんとも心地よく。

奈良公園の周りには原生林。神社仏閣の境内にはこんもりとした森。そして自然林を有するいくつもの古墳群。数え切れないほどのため池と大和川とその支流。豊かな植生が連なります。これはもう鳥たちの天国です。冬の渡り鳥も、夏のツバメたちも、ひっきりな…

奈良町 猫の町/奈良の旧市街は「にゃらまち」と言われるほど猫の多い町です。ニャンで、かな?!

奈良町は古い町並みだけに、小さな祠から世界遺産の寺院までそこここに信仰の場が点在しています。そこは生き物を殺生しない空間です。そんなこともあって古くからどこの寺院や神社にも猫が住みついていたのでしょう。いまなお境内のあちこちで遊ぶ姿を目に…

東大寺 端を歩く/境内の北には塔頭。末寺というべきか、子院というべきか。往時を偲ばせる土塀が連なっています。

二月堂の裏参道を降りてくると塔頭が続きます。どこも上品で、どこかしら瀟洒な感じがします。いまでは僧侶の家族住宅にもなっていますが、本来は先人の住職亡き後、その遺徳を慕って側に寄りそってくらすというものでした。1300年の間にありさまは変容…

奈良町 松の内/門前に掛かる正月の松飾り。きりりとして清々しく。鹿の鳴き声も新春を言祝いでいるようです。

東大寺や春日大社には引きも切らず押し寄せてくる参拝客でごった返していましたが、そんなときでも奈良町はひっそりとしていて昔ながらの家族中心の正月があるようでした。ふだんの観光客はどこへやら。ここに暮らす住人たちが自分たちの町を取り戻し落ち着…

鹿 とっておきの隠し芸/いたるところ景観が美しいのは鹿のおかげです、と言いたくなるほどです。

芝を刈り取るように草という草はほとんどを食べ尽くしてしまいます。ときどき奈良町にもやってきて植木鉢の葉っぱも食べてしまいますが・・・。よく見ると地面から2メートル程度がすっかり切り取られています。つまり鹿の届く背伸びの範囲が食べ尽くされて…

東大寺 元旦/東の空が白み始める頃。大仏殿の輪郭が浮かび上がり、金色の鴟尾がひときわ輝きを増します。めでたし、めでたし。

いまから約千年さかのぼること、平家によって大仏殿は無残にも火を放たれてしまいました。大仏さまも焼けただれ長い間風雨にさらされていました。江戸時代にようやくと再建されますが規模はぐっと小さくなり三分の二まで縮小されてしまいます。それでもこの…

興福寺 中金堂/301年ぶりに再建。20年かけて完成しました。東大寺大仏殿に次ぐ大きさです。

710年頃に創建されましたが戦災や火事で7回も焼失した中金堂。アフリカからケヤキ、カナダからヒノキを輸入して資材としたそうです。大きな柱は日本から調達することは叶いませんでしたが天平の風景を取り戻しました。東西37メートル、南北23メート…

春日若宮おん祭 平成の終わりに/一年の無事を祝うかのよう。春日大社の若宮さまに御出座いただき感謝の念を伝えます。

春日大社の摂社として若宮神社は境内の奥に鎮座しています。若宮さまは特別の神さま。なにからなにまで別格の儀式が神妙に執り行われます。日をまたぐ16日から17日の真夜中、若宮さまお住まいの神社より世俗の片隅(御旅所)においでいただき、仮に造ら…

東大寺 かぎろひ/明け方、東の空からうっすらと明るく射してくる光。それを陽炎<かぎろひ>と言います。

東大寺となると参拝客や物見遊山の観光客でごった返していますが、初冬の東大寺の明け方は人っ子一人いない静かな風景が広がります。これぞ古代から変わらぬ景色かと思えるほどに真に迫ってくる気分です。曙光の清らかさはなににも代えがたい。震えるほどの…

長谷寺 貴族の衣擦れ/平安時代の貴族が観音さまに帰依してから大いに賑わいました。山岳寺院というより巨大な山荘のようです。

貴族的な匂いが立ちこめていて、霊場というよりも、宮廷の別荘が山のなかに造営されたという雰囲気を持っています。遠くに見える山の稜線も吹きわたる風も優雅に感じられて、平安貴族がそぞろ歩いた参道も散策路という方がにあっています。紫式部も清少納言…

東大寺 晩秋/木の葉はひらりひらりと舞いながら音もなく足もとへ。大仏殿、講堂跡、大仏池辺り、多彩な色模様です。

黄金色の銀杏も、朱色と紅のモミジの葉や桜の葉も、宗達の絵の具のたらしこみのよう。それでも奈良でもっとも美しく映えているのはナンキンハゼ。赤や黄の色が幾重にも重なって自然の織りなす微妙な色調が一本の木をバランスよく彩っています。繁殖力も強く…

大和八木/東西に1400年前の横大路。南北に1300年前の下ツ道。古代の道と古代の道が現代の道として交差しています。

この国最古の幹線道路が大和八木を貫いています。交差点近くの町並みは真空地帯のようです。1300年前の都だった平城宮の奈良ともなにかが違う。横大路も、下ツ道と呼ばれる中街道も、この辺りに限っていえば道を拡張されることがなく、いまもって現役で…

柳本 茶人有楽斎/戦国時代を生き抜いてきた織田有楽斎は運の強い男です。柳本から桜井一帯を家康よりもらい受けました。

有楽斎は織田信長の弟。本能寺の変の後、美濃へ逃げ、その後は豊臣家の大阪城に入りました。冬の陣、夏の陣で大阪城は落ちてしまいますが有楽斎は直前に城を離れまたもや生き延びました。関ヶ原の戦いで武勲を立てていたこともあって徳川家康は有楽斎を特別…

奈良公園 秋を歩く/物見遊山に黄、赤、深紅の木の葉。濃淡さまざまでうっとり。天高く人も肥えて・・・!

野分の風もおさまり、ぽかぽかとした小春日和の季節になりました。晴天に恵まれ紅葉もいよいよ。色とりどりの枝を差し交わしていて驚嘆するばかり。遠くの山も赤や黄色を折り重ねています。暖かい日が続くせいか、ちらほらと狂い咲きの花を見かけます。これ…

桧原神社 山辺の道/桧原神社は元伊勢と言い、伊勢神宮に祭祀されているアマテラスはもともとここにおわしたとか。

神々はさまざまなところへ降臨します。高木や巨石にはじまって家庭生活の道具にまで。木は神木となり、岩は磐座(いわくら)と呼ばれます。山を神のおわす場と見なし、山にあるすべてを神体とすることもあります。神は注連縄(しめなわ)や榊(さかき)によ…

飛火野 空/朝まだき。きっかり15分のパフォーマンス。目まぐるしく表情を変えていきます。

飛火野の空は日の出の頃がもっとも美しい。またたく間にかたちを変えながら、綿雲の上に筋雲や鱗雲。ほんの短い時間の出来事ですが、太陽がすっかり顔を出し切ると、それぞれの雲は溶け合うようにしていなくなり、いつもの平坦な空に戻ってしまいます。天空…

春日大社 参道/三条通を東に歩けば一の鳥居。世俗は遮断され木々の隙間から古代の風景。原生林のこんもりした森へと続きます。

参道は深閑とした森を切り開いて造られています。ご神体の御蓋山を訪ねるように歩きます。つい先ほどの三条通の喧噪は薄められていき、いつしかこころ穏やかに歩を進めています。この道が県庁の目と鼻の先にあるとは、いやはや、いやはや! 一歩一歩進むごと…

斑鳩 聖徳太子/山がそびえ立つ。それを「やまと」と言いました。大和の西向こうに渡来人が居を構えていました。

飛鳥時代、厩戸皇子(聖徳太子)は絶大な権力者の蘇我馬子と手を組むこともあれば反目することもあったといわれています。きわめて微妙な状況が太子を取りまいていたことになりますが、もやもやとした気持ちを払拭したのは仏教だったようです。渡来人に仏教…

興福寺 東金堂/聖武天皇は叔母であった女帝の元正天皇のために建立しました。平癒のための祈りの場でした。

父の文武天皇は7歳の時に急死しましたが、幼すぎた皇子は天皇になることができませんでした。そこで父の母、そして母の妹が中継ぎの天皇となりました。異例ずくめですがようやく24歳の時に即位することになりました。生誕したときから波乱の中で生きた聖…

猿沢池 采女祭/池の隅で背を向けた神社。後ろ向きで人びとを迎えています。名月や思わせぶりに雲の中 いやはや!

月見の団子や秋の草花が飾られ、いつもより町が華やいでいます。行列の中ほどには秋の七草で彩られた花扇があります。行き交う人が初秋の風情を楽しんでいました。 采女は入水してしまった悲劇の女性です。事の起こりは悲しみに包まれていますが、奈良時代ら…

春日大社 もう一つの参道 鷺原道/興福寺大乗院の僧侶はこの裏道を使い参拝しました。ショートカットした道です。

大乗院から春日大社までを直線で引いたような道です。表参道の途中から南に折れ、飛火野の奥を抜けます。別名を地僧道(じそうみち)といいます。いちだんと深い自然に心は洗われ、神が現れても不思議ではない雰囲気が横溢しています。 興福寺と春日大社の出…

春日大社/藤原不比等 大和朝廷の骨格を築いた藤原鎌足の次男。藤原家の祖先神として神社を建立しました。

この国の歴史上、藤原不比等は最強の男であったかもしれません。藤原四兄弟と呼ばれた息子たちとともに中央集権化に力をつくしました。娘の宮子は文武天皇のきさきになり、光明子は聖武天皇の皇后にまで上りつめました。国の基礎が築かれ、1300年後のい…

東大寺/夜の大仏殿 夜陰に威容を誇る大建築。仏教に活路を見いだし大国たらんとして踏ん張った勢いがいまだにありました。

激しく揺れ動いた天平時代に聖武天皇は即位し、藤原不比等の後ろ盾によって国のかたちを整えていきました。しかし不比等は志なかばで逝ってしまいます。その空白を埋めたのは詰まるところ仏教でした。厩戸皇子が仏教に着目してから、およそ150年後のこと…

東大寺/手向山八幡宮 大仏さまの鎮守社。渡来した仏と日本の神が蝉時雨のなかで手をたずさえています。

法華堂のすぐ隣にある神社です。さまざまな伽藍が取りまく境内の丘にあり、大仏殿と若草山にはさまれてひっそりとしています。ちょっと異質なものが混じっている気分にさせられますが、興福寺に対する春日大社のような存在です。世界には、いがみあう信仰も…

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