nalacarte

奈良のアラカルト=ナラカルトは奈良の観察記録です。

古代の風景

法隆寺/夢殿 斑鳩宮に住んだ聖徳太子。ここは難波と飛鳥のまんなか。軍事と交通の要衝でした。

聖徳太子が仏教に熱心であったことは誰しもが認めるところです。蘇我馬子とともに政治の混乱を収拾していきましたが、理念のなかに仏教の教えが取り込まれていました。四天王寺をはじめとする数々の寺院を建立したのもその現れでしょう。そのとき、この国の…

東大寺/梅雨晴れの朝 大仏殿裏手の木々を渡ってくる風は瑞々しい。行基も重源もこの空気を味わったに違いない。

お水取りと言われる修二会では神名帳を読誦しますが、はじめに読み上げられるのは金峯山寺の蔵王権現です。金峯山寺とは修験道の開祖と伝えられる役行者が創立した寺であり、蔵王権現とは吉野の山で修行中に感得した釈迦如来の化身です。 行基や重源のみなら…

東大寺/二月堂 つゆどき 薄暮 昼間の喧噪はどこへやら

夕方の東大寺。 梅雨時ともなれば人気が急に無くなっていきます。 あたりの風景は静けさを広げていきます。 贅沢なひととき。 なにか特別のことがあるわけでもないのに一日の疲れが薄らいでいきます。 山々に囲まれた奈良が薄暮の中に沈み込んでいくようでし…

東大寺 法華堂/西の正堂は天平時代。東の礼堂は鎌倉時代。合体して一つ屋根の下にいる。重源、してやったり。

転害門と並び、法華堂は東大寺最古の建造物といわれています。正確には西の正堂だけが対象ですが、重源によって鎌倉時代に付け足された東の礼堂となんの違和感もなく繋がっています。正堂は柔らかく、礼堂は硬い。にもかかわらず初めから計算された混成のデ…

旧柳生街道/柳生十兵衛に新陰流の手ほどきをうけるため剣豪が行き来しました。宮本武蔵も荒木又右衛門も!

春日大社の脇から柳生街道ははじまります。すぐさま現代を見失ってしまうような原生の森の中へ。往時にタイムスリップしてしまった感覚に襲われます。剣豪の里を目ざして若き宮本武蔵もここを歩いたかと思うと、ちょっと不思議な気分。いつしか肩で風を切っ…

畝傍山/孤高を持するものの、山というべきか、丘というべきか。神が降臨するいただきへ。

大和三山の一つである畝傍山は200メートルに満たない山です。決して高いとはいえない存在であるのになぜか低さを感じません。古代人にとって聖地であったせいか、原生の森となり、いまもって神々しい姿を見せてくれます。その昔、霊験あらたかな地にあや…

宇陀松山(2)/古代、阿騎野と呼ばれた地。貴族の狩猟場です。男は獣を追い、女は薬草を摘む。薬園は名残です。

宇陀にゆかりのある大手の薬品会社がいくつかあると聞きおよびました。もとはといえば葛粉の製造からはじまっています。山野に自生するマメ科の蔓の根から葛粉を作りますが、その根は漢方の葛根(かっこん)にもなるそうです。風邪薬としての葛根湯といえば…

宇陀松山(1)/そぞろ歩いてみれば、まるでキリコの絵の世界。謎めいた静寂感がありました。

宇陀松山の旧市街に降り立ったそのとき、中枢神経系のなにかが機能しなくなってしまいました。すさまじく青い空と、乾ききった空気。目の前にはまさしくキリコの絵画と思われる世界が広がりあらわれていました。現実のはずなのに、現実と感じられない奇妙さ…

紀州和歌山 湯浅/蜜柑、金山寺味噌、醤油、熊野古道、紀伊国屋文左衛門、明恵上人。そして西方浄土。

奈良にとって熊野は特別な場所です。そしてその向こうの海に思いを馳せています。伊勢や那智がありますが湯浅を忘れるわけにはいきません。 湯浅は熊野古道の中間で和歌山県海沿いの北部に位置します。山の斜面はほぼ蜜柑畑。有田みかんの産地です。もう一つ…

東大寺 山陵祭/オープンエアのアカペラ。新緑に声明が響き渡ります。

聖武祭の翌日のこと。東大寺一山の僧侶は佐保山御陵に向かいました。 聖武天皇が祀られています。深く頭を垂れ参拝する。声明が空に舞う。かくも荘厳な響きがあっただろうかと感慨深いものがありました。 声明声は陵の青青と茂った木々に向けられます。すべ…

東大寺 聖武天皇祭/いかに、いかにと法要は進む。論議法要というもので掛け合いが行われていました。

生前に天皇を譲位した聖武天皇はその当時としては思い切ったことをしました。出家し、天下の安泰を祈ることをなによりも優先させたといわれています。大仏さまが奈良に誕生したのもその結晶です。 鑑真を招聘したのも聖武天皇でした。日本に初めての戒壇院が…

佐紀/古墳を取りまく、その色合い、その深さ、その光。まるでラファエル前派の絵を見ているようです。

デジャビュというべきか。どこかで見たことのあるような光と影が目に染みます。美しき水面にオフィーリア・・・。「ハムレット」の象徴的な一場面を描いたジョン・エヴァレット・ミレーの絵画がここに表出したようです。19世紀の英国の画家が求めた風景。…

吉野/役行者の桜、金峯山寺の柱、吉野水分神社の格式、西行の草庵、陀羅尼助丸の大蛙。いやはや、いやはや。

吉野といえば役行者。修験道の開祖であり、山伏の始祖であり、山岳信仰のルーツです。その役行者が吉野の山中で金剛蔵王権現を感得し、その姿を桜の木に彫り刻みました。このときから桜は特別の存在となり、ご神木となり、信徒たちによって競って植えられた…

安倍文殊院/快慶の渡海文殊群像。特別史跡の西古墳。創造することのなんたるかを学ぶ。

奈良博物館の快慶展では巨大な写真でしか拝見できない渡海文殊群像。じっさいに拝見するには安倍文殊院まで出向くしかありません。 快慶の天才ぶりがほとばしっていました。鎌倉時代に東大寺が再建される前の造立です。渡海文殊の清然とした顔つき、善財童子…

唐招提寺/律する。鑑真はこの一言のために東の小さな国に渡ってきた。筆舌に尽くせぬ苦難。ついには盲目となる。

整然と天平の伽藍が並んでいます。ことさらになにかを主張するわけでもなく、とりたててなにかを押しつけることもない。にもかかわらず、どこか凛としています。律するとはこういうことかと感服の至りです。 金堂におわす三体の仏像は穏やかな表情を見せなが…

海龍王寺/堂内に五重塔のひながたが鎮座する。まるごとの天平の遺構。創建当時からここを動かないでいる。

天平という時代、仏像ばかりではなく、建築文化も爛熟していました。西金堂に据え置かれている模型の五重塔。天平時代からのもので、細部にわたって知恵と熱情を傾けた痕跡があります。 堂内を見わたせば、西金堂そのものも天平の構造様式を見せてくれます。…

新薬師寺/修二会  尾を引いて猛る炎やお松明

歴史的に東大寺と深い関わりがある新薬師寺ですが、お水取りの修二会とはおもむきが違っていました。僧侶や童子の顔つきまではっきりと分かる距離にあって薬師悔過法要は営まれます。 夕闇迫る頃、声明が聞こえてきます。読経が音楽のようです。 インドが発…

稗田環濠集落/群雄割拠の戦国時代がタイムスリップしている。意表を突く存在。痛快なほどです。

大和郡山の東。長閑な田園地帯に大きな環濠を巡らした集落があります。土壁や石垣の代わりに濠を用いて外敵の攻撃から集落を守ったのです。灌漑用水としての働きもあったようです。水面に映る空はすがすがしいものですが、激しく争いあった人間の愚かさも湛…

春日大社と原生林/山ぼめという古代信仰。神々は木々に隠れるようにして鎮座している。

万葉集の和歌には「清」という文字がさかんに使われています。穢れのない「清」のある山は特別の存在でした。清き山をほめることにより、あらたな生命力を与えてもらうのです。 その昔、山はたんなる自然ではなく、信仰と深く結びつき呪力をつけるにふさわし…

暗峠(くらがりとうげ)/最後の旅となった芭蕉の足跡を追って

南北に細長くのびる生駒山の真ん中あたりの低いところが暗峠。奈良と大阪を結ぶ山越えの近道が走っています。 大阪へ向かう道すがら伸びやかな棚田が広がります。ところどころ風雨に洗われて少しのっぺりしてしまった地蔵が迎えてくれます。元禄時代からなに…

11 東大寺 二月堂 お水取り/満行

終わりを全うして練行衆は結束をとかれます。 それぞれの顔にやり遂げた者だけが見せる逞しい境地を浮かべています。 鋭い目つきのなかに優しさがにじんでいます。 練行衆のからだから立ち上る気は天を衝くかのよう。 自坊に去りゆく練行衆は足を一つ運ぶご…

10 東大寺 二月堂 お水取り/しりつけ松明

お水取りの最後を飾る「しりつけ松明」。 前の童子の尻に火がつくほどの近い距離で上がることからそう呼ばれています。 一列に並ぶさまは大団円を迎えるにふさわしい。 荘厳さもさることながら華やかさがなんともいえず 胸の内をほわっと明るくしてくれます…

9 東大寺 二月堂 お水取り/達陀(だったん)

達陀(だったん)とは聞き慣れないことば。 それもそのはずサンスクリット語で焼き尽くされる意とか。 またしても火の行法。 堂内に侵入しようとする鬼を松明によって退治する。 お水取りを始めとするきわめて崇高な儀式と違い、どこか愉快。 見る者の緊張を…

8 東大寺 二月堂 お水取り/籠松明と「お水取り」

籠松明は12日目にあげられる特別のものです。 この日は修二会(しゅにえ/お水取りの正式名称)の頂点をきわめる日となります。 深夜にお水取りと言われる由縁になった「お水取り」が行われます。 籠松明は普段のお松明よりも大きく、夜空を焦がさんばかり…

7 東大寺 二月堂 お水取り/童子がいてこそ

お水取りとは正式に「十一面悔過」(じゅういちめんけか)といいます。 二月堂本尊の十一面観世音菩薩に因んでいます。 仏教の根本には、 過ちは欲と怒りと無知によって引き起こされるものという解釈があります。 なるほど道理です。 しかしながら教わった真…

6 東大寺 二月堂 お水取り/お松明

お松明が現れると一斉に耳目をひき、 いまかいまかと待ち望んでいた人々から大きなどよめきが起こります。 闇のなかにうっすらと浮かび上がる回廊は舞台と化します。 人々の顔は赤く染まり、 うっとりとした表情を見せたかと思うと、 驚嘆と溜息の入りまじっ…

5 東大寺 二月堂 お水取り/湯屋

夕方近くになると練行衆はいったん下堂してきます。 午後の7時には大鐘の合図とともにふたたび上堂します。 この時です。 あのお松明が足下を照らします。 それまでのわずかな間が練行衆の休息のひとときです。 まずは湯屋に向かい疲れを洗い流します。 五…

4 東大寺 二月堂 お水取り/上堂

食事が終われば休む間もなく上堂します。 練行衆の目はなにか遠くを見つめているようです。 一段上がるごとに顔には厳しさがにじみ出て、 なにかに挑みかかろうとする決意が背中にはりついていました。 手始めに掃除が行われます。 ちょっと手荒い感じです。…

3 東大寺 二月堂 お水取り/食作法(じきさほう)

仏教の根本にお慈悲があります。 食事においては、 与えられた食事をすべて口にするのではなく、ひとまとまりを残します。 それらは童子へのお下がりとなり、 鹿など獣への餌となり、鴉など鳥への施しとなります。 楽しむための食事ではありませんが、 かと…

2 東大寺 二月堂 お水取り/食堂

食事は正午の一回だけ。 上堂すれば水を飲むことさえ許されず、 次の日の昼までなにも口にできないそうです。 喜び勇んで走っていく連行衆はあっという間に食堂に消えていきます。 とはいえすぐさま食事にありつけるわけではありません。 長い読経の後でやっ…

1 東大寺 二月堂 お水取り/お松明下ごしらえ

大振りのお松明。 修行そのものに直接関係ない装置とはいえ、 これほど印象的なものもありません。 上堂する練行衆の足下を照らす明かりです。 燃えさかる火はとても神秘的です。 お松明は14日間、毎日、童子によって作られます。 童子とは練行衆の世話役…

山辺の道/夜都伎神社。素朴の上にも素朴。飾り立てるものはなにもないのに威厳があって気高い。

古代びとは自然のさまざまな現象を神の働きであると考えました。風の音、雲のかたち、雷雲から落ちる稲妻などの自然現象を逐一読みとろうとしました。神は何をしようとしているのかと、耳をすまし、心を動かしたのです。すべては神聖なものでした。 黄昏/た…

春日山原始林の原生文様。ほとんど人の手の入っていない場がある。ありのままの姿がこんなところにあるなんて。

我ら地球人、まっとうな自然をずいぶん失ってしまった。自然を壊してしまえば、人間が壊れてしまう・・・。自然をしっかり残すこと。さすれば人間も生き延びることになる。道理至極なり。 原始林とは人に荒らされることなく生存している森林のこと。奈良には…

大安寺と守護神の八幡神社。田園地帯にぽつねんと鎮座していますが往時は東大寺などに匹敵する存在でした。

空海との縁も深く、唐からの並みいる高僧も大安寺を住まいにしていました。国づくりのための地固めが奈良で行われていましたが、大安寺も期待をにない仏教の発展に寄与してきたのです。 そんな大寺院といえども守護神を必要としていました。日本の神さまが仏…

転害門は平城宮に向けて立つ。奈良は唐の影響を強く受けた。仏教美術も頂点を極めた。爛熟した文化が通り抜けた。

転害門は西に向かって屹立するように立っています。天平の門はなにを見続けてきたのかと体をくるりと回し、視点をまっすぐに一条通りの先の方へ落とすと、寸分たがわず平城宮の真ん中に突き当たることがわかりました。1300年、柱は風雨に削がれてでこぼ…

円照寺。鳥は鳴き、葉さやぎて、特別なものはなにもない。静かに対座すれば静寂が聴こえる。すでに完結している。

円照寺は臨済宗の尼門跡。山門より先に立ち入ることはできませんが、禅者の歩く参道にはすでに本堂に連なる厳しさがあります。禅はどんなときでも自然とともにあるそうです。引き寄せることも、突き放すことも無縁。ありのままにいることで自然界の啓示を聴…

奈良町。ぶらりと歩けば古代も、中世も、近世も、そこここに。そんな中に現代がゆるりと踏ん張っている。

谷崎潤一郎は関東大震災のあと、古い文化の息づく大阪に住み着いてしまいました。奈良にもたびたび遊びに来ていたようです。一献かたむけるたびに、薄明かりの中の金屏風の揺らぎにはっとしたことでしょう。陰影礼賛の美を感じ取ったのも、きっと、そんな瞬…

県庁屋上に上がれば敷きつめられた古代が一望の下に。飛鳥も葛城山も山辺の道もなまめかしい。

たたなづく青垣も、大和三山も、吉野の山々も、霞がたなびいて、どこもかしこもぼんやりと見えることがしばしばです。それだけにじっと見やっていると時間の観念はどこかに追いやられ、三輪山の辺りに卑弥呼の声を聞いたようにもなり、はたまた斑鳩の厩戸皇…

飛鳥古京の時代、仏教が伝来。言霊の霊妙な働きによって国は成りたつと考えられた。このとき万葉集が立ち現れた。

政治文化の中心地となった飛鳥は中国の都をまねた景観を持ち、豪族の邸宅が建ち並んでいたという。庶民は奈良時代にあっても竪穴式住居で暮らしていたそうですが、都市生活者が初めて出現した時代となりました。 飛鳥、そのことばの響きは穏やかですが、蘇我…

古代豪族の群雄割拠した葛城。西の山辺の道といわれる古道が走る。とても深い。日本の原風景はここにある。

豪族たちの勢力は古社寺ばかりではなく、古代びとがさかんに行き来した道端にもひっそりと史跡が残っています。この国が日本になろうとしたときの胎動がありました。幹線としての道は今ではのどかな畦道となっていますが、ここにある田んぼはなにも変わるこ…

神は万物に宿るという。神頼みという。神も仏もないという。神さびるともいう。石上神宮、日本最古という説がある。

万葉の時代、生まれるというのと、現れるというのは同じ根を持つことばだったらしい。生まれるは、生る(ある)ということらしく、魂の現れをあらわしている。そして魂は生まれるものの、いずれ幽界へと移行していく。現代的にいえば死ぬということ。しかし…

平城宮跡のすぐ北に水上池。四季を通じて楽しめるとはいえ、冬の風景は詩情ゆたかで凍てつきさえ気分が良い。

ひょっとすると冬の奈良でもっとも変化に富んでいるかも知れません。朝日に映しだされた水面も、夕日に赤く染まる池畔も、ちょっと劇的です。たとえ曇っていても、まるで一枚の絵を観るよう。 渡り鳥が多くやってきます。冬ならではの賑わいです。(ヌートリ…

飛火野の初日の出。冷やっとしているものの、神々しい。古代と同じ光を射しただろうか。

神が降臨するという御蓋山。凍てつく東の空から白くて冷たい光を射してきます。神奈備(かんなび)の辺りだからでしょうか、空の色は赤みを帯びたり、青みがかったり。 なぜか鹿たちもそわそわしていました。終いにはなにかを感じたらしく、いっせいに小躍り…

国を救うために、守るために建立された東大寺の大仏殿。泰然自若とした微笑で新年を迎えている。

見慣れているはずの大仏さまなのに、その大きさに圧倒されてしまいます。些細なことなど、どこへやら。天晴れあっぱれ。 傍に佇むだけで、心穏やかになっていきます。手を合わせる人だれもが安堵の顔。大仏殿の中には大きな宇宙がありました。 特別としか言…

飛鳥古京の時代、仏教が伝来し、古代の神々と一体になりながら国のかたちを整えた。文明の槌音が聞こえる。

政治文化の中心地となった飛鳥は中国の都をまねた景観を持ち、豪族の邸宅が建ち並んでいたといいます。庶民は奈良時代にあっても竪穴式住居で暮らしていたそうですが、都市生活者が初めて出現した時代となりました。 飛鳥、そのことばの響きは穏やかですが、…

佐紀の古墳群。古代が現代に生存していると言ってしまえば大袈裟か。それでも遠い昔の風景がぐっと迫ってくる。

古墳は神聖な場所ゆえ、原生林に似て手つかずの自然が残されました。鳥の鳴き声かまびすしく、のびやかな土盛りの起伏と満々と水をたたえた堀を見ていると古代の景色が胸のうちに広がっていきます。 信仰の強さを思わずにはいられませんが、風にも雨にも聖な…

Copyright(c)2016 Nalacarte.All Rights Reserved.