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奈良のアラカルト=ナラカルトは奈良の観察記録です。

古代の風景

鹿/野生でもなく、野良でもなく。いつの間にかお辞儀をおぼえて煎餅を頂戴しています。・・・いやはや!

奈良町と鹿の関わりは平安時代からです。神の使いとして大切にされてきました。江戸時代のこと、家の前に鹿が死んでいたら興福寺に届けを出します。そして検分ということになりますが、処理の費用とあわせてちょっとした清め銭をとられたとか。奈良町の人は…

猿沢池 五十二段/興福寺境内と奈良町を結ぶ踏み段。往時の絵巻物にも象徴的な存在として描かれています。

菩薩五十二位説に因んだという説もある石の階段。菩薩、つまり仏を目指して修行に励む人のことですが、五十二位とは仏の境地に至るまでの修行段階が52ステップあるということのようです。しゃれっ気のある階段、そういえば開悟の顔つきをした鹿が歩いて行…

大安寺/戦前戦後を通じてのこと。ベートーヴェンのピアノソナタ第8番「悲愴」がドイツのピアニストによって奉納されました。

ドイツの名ピアニストと言われたヴィルヘルム・ケンプが5回にわたってピアノ演奏を奉納しています。聖徳太子を開基とする大安寺の境内にてベートーヴェンやバッハの曲が奏でられました。なんとも妙な縁ですがそもそも仏教儀式と楽舞は切り離せないものです…

春日大社/あちこちに神の依り憑く磐座(いわくら)。石であったり、大木であったり。神の御座所です。

奥の院道を歩いて本宮神社遙拝所を過ぎるあたりから、いろいろなかたちをした磐座に遭遇します。神が降臨するところです。御幣で祀ってあるので遠目にもすぐに分かります。そうか、そこに降りてくるのかとじっと見やれば、そう思えてくるから不思議なもので…

弘仁寺/明星がおちた神聖な場と聞き及び、空海、馳せ参じる。天命により伽藍を建立との逸話。さもありなん。

なにかを感じて後ろを振り向けば誰かがすっと消えた。すわ空海の亡霊かなどとあらぬ事を思わせるほどに張りつめた空気が漂っていました。さして標高が高いとは言えないところにある境内ですが、こんもりとした木々に囲まれて深山幽谷に紛れ込んだようです。 …

柳本/1300年前、インドの高僧がはるばると来日。善無畏三蔵(ぜんむいさんぞう)。奈良に密教を伝え、そして柳本へ。

インド人の善無畏三蔵は国王でしたが故あって出家しました。密教を流布すべく長安に渡りました。天才でした。国賓の扱いを受け、さまざまな経典を漢訳しました。その甲斐あって中国に密教ブームが到来。その後、善無畏三蔵は密教をさらに広めるため元正天皇…

東大寺 南大門/鎌倉の活力。繊細とは無縁。東大寺様式という独創性。運慶と快慶は強く共鳴しました。

木造とはいえ、高さ25メートル、幅はおよそ30メートルという巨大さ。柱となる丸木に軒を支える木材をさし込んでいます。その柱も水平に渡された木によって連結されています。それまでの伝統を無視し、柱に大胆に穴を開け、木をそこへ貫通させているので…

天理 市座神社/平安時代の興福寺の荘園だった丹波庄。のちに石上神宮と内山永久寺の門前町として栄えました。

丹波市町の真ん中に市座神社はあります。その昔、市(マーケット)が立ち大いに賑わっていたようです。市座という名称はそれに由来しています。境内は掃き清められ落ち着いた佇まいを見せています。現在、市場はなくなり街道も閑散としていますが、神社の有…

若草山と原生林/頂上への散策路が原始林で覆われている。木漏れ日が揺れている。古代を歩くよう。

いつ登っても、なんど歩いても、飽きることのない散策路です。人の手が加わっていない森の中を縫うようにして自動車の通らない砂利道が続きます。表の整備された公園の道を歩くことも、はたまた自動車で山頂に向かうこともできますが、原生林の道でこそ自然…

東大寺と桜/裏参道から講堂跡へ。ひっそりとしながら春を咲かせている。遠目にもやわらかく清々しい。

大仏殿の裏手の桜に吉野の山や佐保川にあるような派手さはありません。静かに、柔らかく、佇んでいる。奈良時代までは花といえば中国に影響された梅だったようですが、平安時代になると俄然桜を愛でるようになります。古代から中世へ向かう中で、風景も中国…

龍王山/左右に古墳の連なる山道。頂上の城跡から望む大和の大地。遙かなる古代に旅するようです。

柳本の崇神天皇陵の脇を抜けて龍王山への道に入ります。思いのほか石がゴロゴロした急な坂もあり、やや難儀。ところが古墳の連なりが目に入ると一気に古代の風景の中へ。柿本人麻呂の奥さんのお墓もどこかにあるはず。往時の貴族達は頬をぬらしながらこの道…

風光る水上池/風にさやぐ木々の若葉と池のさざ波。ちぎれ雲ふわふわと浮かんで辺りは光に満ちています。

太陽の光がさんさんと降りそそぎ、胸のうちまで晴ればれとしてきます。吹き渡る風もすこしばかり温かみを含んでいました。桜のつぼみも膨らみ、いよいよ香りに満ちた春。鴨の遊ぶ池は光の波が照り渡ってまばゆいばかりです。春の胎動です。 鴨が餌をしきりに…

奈良の鹿/神の使いの鹿。百人一首にも歌われた奈良を代表する風物詩です。千年も前からのことです。

年末の角伐りも終わり、そろそろ新しい角を突き出してくる季節となりました。血管の見えそうな柔らかそうで小さな突起物です。これを袋角(ふくろづの)と言うそうで、その昔には薬用(強壮剤)として重宝されたようです。秋になればこの角袋も立派な堅い角…

春立つ奈良/寒々とした奈良の台地にもいつともなく夕靄が立ちこめています。おぼろにかすむ春はすぐそこに。

暦の上の立春が過ぎたとはいえ、近頃の気温の低さは尋常ではありません。北から吹きすさぶ風は冷たく、ともすれば粉雪がちらちらと。ほころび始めた梅の花も縮み上がっています。とはいえ、ときどき柔らかな陽光が降り注ぐように射してくるようになりました…

元興寺/火渡り 二月三日の節分の日。厄を祓う儀式が豆まきに先立って執り行われました。

鬼は外、福は内。節分の決まり文句が聞こえてくると、寒さに縮こまりながらも、もうすぐ春だなぁと少しばかり口元もほころび柔らかな気持ちに包まれます。ところがなぜか元興寺では豆まきに先立ち、勇猛果敢な衣装を身にまとった山伏達が登場し火渡りの儀式…

三輪/そうめん 奈良時代から食されていた古代の麺。冬の北風が美味しく仕上げています。

大神神社(おおみわじんじゃ)の周辺に三輪そうめんの工場は点在しています。小麦粉はもとより、清らかな水、天然の塩、射し込む天日、そして身が縮むほどの北風が三輪そうめんを作り出します。生地を引き延ばして、さらに引き延ばして細い麺に仕上げる手延…

冬の興福寺/吹きすさぶ寒風に五重塔はどこ吹く風。古代と変わらぬ姿を見ていると歴史の中を散策している気分です。

興福寺は藤原家の菩提寺でした。古代のあるとき、藤原家は奈良の台地のほとんどすべてを我が物にしていました。その領地から納められる上納金の莫大さは想像に難くありません。いまもってこうして我らの目の前に権威がそびえ立っている。1300年前の出来…

平城宮跡と水上池/大きな空の下。ゆったりとした大地と鷹揚に構えた古代の池が連なっています。屈指の散歩道です。

古代を彷彿とさせる一帯に散歩道が縦横に引かれています。夏に得意になって飛び交っていたツバメもヒバリもいなくなっていましたが数種類の渡り鳥が横切っていきます。風が吹き抜けていけば寒さも一層厳しくなりますがそれに見合うだけの光景が眼前に広がり…

東大寺 二月堂/365日24時間、いかなる人にも開かれています。こんなお寺、ちょっとない。

いついかなる時でも祈る人を迎えてくれる二月堂。誰であろうと、どんな人であろうと。四方に顔のある十一面観音が本尊です。難しい話はともかく、何でもかんでも話を聞いてくれるという八面六臂の観音様です。お堂の回廊に佇めばもうそれだけで気持ちが落ち…

でんと構えた大仏さま。ひとり泰然自若として静かに新年を迎えています。格別の存在です。

新しい年を迎えました。 果たしてどんな年になるのか。祈る人々の顔には外連味のない表情が浮かんでいました。それぞれの願いは違っても大仏さまの大きな手がすべてを掬い上げていました。四の五の言わないおおらかさ。知らぬ間に口元がほころびてしまうのは…

奈良盆地/東西15㎞南北30㎞の別天地。6000年前の縄文時代前期は巨大な淡水湖でした。

奈良盆地は言わずと知れた古代の政治と文化の中心地でした。歴史家達はいろいろと推理を働かせ興味深い説を繰り広げています。紛れもなくこの国の中心地を置くにふさわしい魅力的な場所であったことを示唆するものです。遙か昔、大阪も巨大な内海だったよう…

春日若宮おん祭 大宿所/一年を締めくくるおん祭。前日に祭の無事を祈願する祭が執り行われます!

奈良町の真ん中を通り抜ける餅飯殿通(もちいどのどおり)は賑やかな商店街です。その通りの中程に「大宿所」(おおじゅくしょ)があります。この祭のためだけに存在するような場です。普段は人気もなくひっそりとしていますが、おん祭を迎える年末だけは華…

元興寺と奈良町/およそ700年前から境内は宅地化。400年前に現在の町割りが成立しました。

もともとは飛鳥にあった法興寺(現在の飛鳥寺)。平城遷都に伴い官寺として奈良にやって来ました。空海が起居し仏法を学んだ僧坊(現在の本堂+禅室)が残っています。土一揆の火災で大部分が消失し、寺域がぐんと小さくなってしまいましたがそれでも飛鳥時…

明神山 王寺/厩戸皇子ゆかりの地。眼下には奈良と大阪をつなぐ大和川。奈良盆地と大阪平野が一望できます。

JR王寺駅から明神山山頂までおよそ2時間のハイキングコースです。山頂からは全方位の景色が楽しめます。東には奈良盆地が横たわり、真ん中あたりに耳成山、香具山、畝傍山の大和三山が点在しています。北はかすかに京都の比叡山が見えています。南は金剛山…

東大寺 末寺 五劫院/大仏殿、再建の真っ最中、公慶は江戸で客死する。

勧進のため、何度もなんども江戸におもむいていました。あるとき最大の支援者であった徳川綱吉の母である桂昌院の逝去に遭遇しました。供養し、葬送しましたが、その時の疲れが公慶の身をむしばみました。体調を崩した公慶はそのまま息を引き取ったのです。 …

佐紀丘陵 古墳の日なた/大小あわせて60あまりの古墳。まるで原生の森。記紀の世界がじわりと広がります。

磐之媛(いわのひめ)や日葉酢媛(ひばすひめ)など女性の陵が多い所ですが、200メートルを超える大きな陵の連なりを見ているといつしか墓であることを忘れてしまいます。手つかずの自然は原生の森とかわらぬ植生を見せてくれます。巨大に育ったシイやカ…

春日山原生林/木洩れ日と歩く

太陽が真上にあっても光はかすかに。なんとはなしに道の上で陽光は遠慮がちにしています。沢からさらさらと流れる水の音。そよ風に揺れる葉の影絵。なにもかも、ほどよく、さっぱり、戯れています。 若草山方面から入山するもよし、春日大社あたりから歩きだ…

山辺の道 真ん中辺りをぶらぶらと/日本最古の道。古くて新しい小道が南北にゆるやかに刻まれています。

古事記にも明記されている山辺の道。古くから要衝を結ぶ道として栄えたこともあり、黎明期の日本のこころがいまなお連なっているように見えます。北には最古の神社と言われもする石上神宮があり、南には神宿る山と呼ばれる三輪山がひかえています。その間に…

法輪寺/三重塔 幸田文の勧進があってこその再建です。江戸っ子が斑鳩三塔の景観を取り戻しました。

幸田文は、三重塔(落雷によって焼失)再建に奔走する失意の住職と東京の出版社で運命的に出会いました。聞くうち、持ち前のおせっかいに火がつき勧進を決意しました。65歳から75歳になるまでの老人のふんばりでした。出せるものはすべてだし、着物がす…

西大寺/中興の祖に叡尊。弟子に忍性。天皇も、非人も、帰依したとか。荒廃していた西大寺は再興されました。

叡尊は貧民を救済することから仏教の教えを広めていきました。寺の運営の基本に社会事業をおきました。やがて弟子となった忍性はその在り方に強く感化され、叡尊の右腕となって社会事業に没頭しました。社会活動に熱を入れすぎて叡尊から戒められたという逸…

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