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奈良のアラカルト=ナラカルトは奈良の観察記録です。

古代の風景

桧原神社 山辺の道/桧原神社は元伊勢と言い、伊勢神宮に祭祀されているアマテラスはもともとここにおわしたとか。

神々はさまざまなところへ降臨します。高木や巨石にはじまって家庭生活の道具にまで。木は神木となり、岩は磐座(いわくら)と呼ばれます。山を神のおわす場と見なし、山にあるすべてを神体とすることもあります。神は注連縄(しめなわ)や榊(さかき)によ…

春日大社 参道/三条通を東に歩けば一の鳥居。世俗は遮断され木々の隙間から古代の風景。原生林のこんもりした森へと続きます。

参道は深閑とした森を切り開いて造られています。ご神体の御蓋山を訪ねるように歩きます。つい先ほどの三条通の喧噪は薄められていき、いつしかこころ穏やかに歩を進めています。この道が県庁の目と鼻の先にあるとは、いやはや、いやはや! 一歩一歩進むごと…

斑鳩 聖徳太子/山がそびえ立つ。それを「やまと」と言いました。大和の西向こうに渡来人が居を構えていました。

飛鳥時代、厩戸皇子(聖徳太子)は絶大な権力者の蘇我馬子と手を組むこともあれば反目することもあったといわれています。きわめて微妙な状況が太子を取りまいていたことになりますが、もやもやとした気持ちを払拭したのは仏教だったようです。渡来人に仏教…

興福寺 東金堂/聖武天皇は叔母であった女帝の元正天皇のために建立しました。平癒のための祈りの場でした。

父の文武天皇は7歳の時に急死しましたが、幼すぎた皇子は天皇になることができませんでした。そこで父の母、そして母の妹が中継ぎの天皇となりました。異例ずくめですがようやく24歳の時に即位することになりました。生誕したときから波乱の中で生きた聖…

猿沢池 采女祭/池の隅で背を向けた神社。後ろ向きで人びとを迎えています。名月や思わせぶりに雲の中 いやはや!

月見の団子や秋の草花が飾られ、いつもより町が華やいでいます。行列の中ほどには秋の七草で彩られた花扇があります。行き交う人が初秋の風情を楽しんでいました。 采女は入水してしまった悲劇の女性です。事の起こりは悲しみに包まれていますが、奈良時代ら…

春日大社 もう一つの参道 鷺原道/興福寺大乗院の僧侶はこの裏道を使い参拝しました。ショートカットした道です。

大乗院から春日大社までを直線で引いたような道です。表参道の途中から南に折れ、飛火野の奥を抜けます。別名を地僧道(じそうみち)といいます。いちだんと深い自然に心は洗われ、神が現れても不思議ではない雰囲気が横溢しています。 興福寺と春日大社の出…

春日大社/藤原不比等 大和朝廷の骨格を築いた藤原鎌足の次男。藤原家の祖先神として神社を建立しました。

この国の歴史上、藤原不比等は最強の男であったかもしれません。藤原四兄弟と呼ばれた息子たちとともに中央集権化に力をつくしました。娘の宮子は文武天皇のきさきになり、光明子は聖武天皇の皇后にまで上りつめました。国の基礎が築かれ、1300年後のい…

東大寺/夜の大仏殿 夜陰に威容を誇る大建築。仏教に活路を見いだし大国たらんとして踏ん張った勢いがいまだにありました。

激しく揺れ動いた天平時代に聖武天皇は即位し、藤原不比等の後ろ盾によって国のかたちを整えていきました。しかし不比等は志なかばで逝ってしまいます。その空白を埋めたのは詰まるところ仏教でした。厩戸皇子が仏教に着目してから、およそ150年後のこと…

東大寺/手向山八幡宮 大仏さまの鎮守社。渡来した仏と日本の神が蝉時雨のなかで手をたずさえています。

法華堂のすぐ隣にある神社です。さまざまな伽藍が取りまく境内の丘にあり、大仏殿と若草山にはさまれてひっそりとしています。ちょっと異質なものが混じっている気分にさせられますが、興福寺に対する春日大社のような存在です。世界には、いがみあう信仰も…

東大寺/朝に歩けば。柔らかな光がゆっくりと射してきます。叙事詩の舞台の幕開けのようといえば大袈裟か。

天が広いことは知っていても、その広がりを実感させるところはなかなかあるものではないでしょう。東大寺の朝は絵に描いたような壮観な風景を見せてくれます。雑音は耳に届かず、雑念はどこか遠くへ。原生の裏山で鴉がかぁと鳴きました。 1300年という時…

興福寺 夏の朝/酷暑の夏とはいえ、朝まだき、微かな風が清々しい。若々しい僧侶の般若心経が聞こえてきました。

どうしたことか凄まじい猛暑の日々が続いています。不要不急の外出を控えるようにと天気予報。それでも東から太陽が昇る頃、興福寺の境内では束の間の静けさとともに爽やぐ風が吹いていました。日課なのでしょう、若い僧侶三名が境内をまわり般若心経を唱え…

元興寺の夏/もとは蘇我馬子の本格派寺院。飛鳥時代の瓦ばかりか、空海が起居し仏法を学んだ僧坊も残っています。

飛鳥にあった法興寺(現在の飛鳥寺)がルーツです。蘇我家の没落もあって、平城遷都に伴い官寺として奈良にやって来ました。そして元興寺と名をあらため興隆しましたが、土一揆の火災で大部分が消失し寺域がぐんと小さくなってしまいました。東大寺や興福寺…

東大寺/室町時代末期の大風で倒壊した西大門。江戸の火事で焼けてしまった中門。近くに聖武天皇ゆかりの御拝壇がありました。

みとりい池の北側に礎石だけの西大門跡があります。さらに北に向かえば中門(焼け門ともいう)、そして転害門となります。いまでこそ南大門の方が東大寺の正面になっていますが天平時代はこちらの方が表だったように思われます。二条大路につながっていた中…

法華寺/藤原不比等の邸宅跡。娘の光明皇后が相続し総国分尼寺としました。裏庭に歩を進めれば平城宮の庭園に迷い込むようです。

天皇の住まいであった平城宮につけ足すようにして隣接しています。はて面妖なとおもいきや、藤原不比等の邸宅であったと聞きおよび納得しました。娘の光明皇后がもらい受けて尼寺にしたというのですから格が違います。どこを見ても品のある佇まいはそうした…

奈良の道/古代びとの足音が聞こえるよう。万葉びとの歌が響くよう。1300年の遺産がいたるところに堆積しています。

ひとくちに奈良といっても、北と南では顔つきが違っています。南の飛鳥や吉野は国づくりの黎明期という感じがします。北は国の体裁が整いつつある時期に都市が形成されました。東の山辺や西の葛城あたりになると南北よりももっと古い土着的な要素を見ること…

奈良町と周縁/降りみ降らずみの梅雨の散歩。木々を渡ってくる風はしっとりとして鈍い光さえ風景に和しています。

奈良町には1300年前の道が東西南北に走っています。細く、くねくねと、上がったり下がったり。まっすぐに見えるところでも凝視してみれば左へ右へと微妙にぶれています。なんともいえない味わいがあって趣深い。今どきこんな所ちょっとない。ああ、きっ…

鹿/野生でもなく、野良でもなく。いつの間にかお辞儀をおぼえて煎餅を頂戴しています。・・・いやはや!

奈良町と鹿の関わりは平安時代からです。神の使いとして大切にされてきました。江戸時代のこと、家の前に鹿が死んでいたら興福寺に届けを出します。そして検分ということになりますが、処理の費用とあわせてちょっとした清め銭をとられたとか。奈良町の人は…

猿沢池 五十二段/興福寺境内と奈良町を結ぶ踏み段。往時の絵巻物にも象徴的な存在として描かれています。

菩薩五十二位説に因んだという説もある石の階段。菩薩、つまり仏を目指して修行に励む人のことですが、五十二位とは仏の境地に至るまでの修行段階が52ステップあるということのようです。しゃれっ気のある階段、そういえば開悟の顔つきをした鹿が歩いて行…

大安寺/戦前戦後を通じてのこと。ベートーヴェンのピアノソナタ第8番「悲愴」がドイツのピアニストによって奉納されました。

ドイツの名ピアニストと言われたヴィルヘルム・ケンプが5回にわたってピアノ演奏を奉納しています。聖徳太子を開基とする大安寺の境内にてベートーヴェンやバッハの曲が奏でられました。なんとも妙な縁ですがそもそも仏教儀式と楽舞は切り離せないものです…

春日大社/あちこちに神の依り憑く磐座(いわくら)。石であったり、大木であったり。神の御座所です。

奥の院道を歩いて本宮神社遙拝所を過ぎるあたりから、いろいろなかたちをした磐座に遭遇します。神が降臨するところです。御幣で祀ってあるので遠目にもすぐに分かります。そうか、そこに降りてくるのかとじっと見やれば、そう思えてくるから不思議なもので…

弘仁寺/明星がおちた神聖な場と聞き及び、空海、馳せ参じる。天命により伽藍を建立との逸話。さもありなん。

なにかを感じて後ろを振り向けば誰かがすっと消えた。すわ空海の亡霊かなどとあらぬ事を思わせるほどに張りつめた空気が漂っていました。さして標高が高いとは言えないところにある境内ですが、こんもりとした木々に囲まれて深山幽谷に紛れ込んだようです。 …

柳本/1300年前、インドの高僧がはるばると来日。善無畏三蔵(ぜんむいさんぞう)。奈良に密教を伝え、そして柳本へ。

インド人の善無畏三蔵は国王でしたが故あって出家しました。密教を流布すべく長安に渡りました。天才でした。国賓の扱いを受け、さまざまな経典を漢訳しました。その甲斐あって中国に密教ブームが到来。その後、善無畏三蔵は密教をさらに広めるため元正天皇…

東大寺 南大門/鎌倉の活力。繊細とは無縁。東大寺様式という独創性。運慶と快慶は強く共鳴しました。

木造とはいえ、高さ25メートル、幅はおよそ30メートルという巨大さ。柱となる丸木に軒を支える木材をさし込んでいます。その柱も水平に渡された木によって連結されています。それまでの伝統を無視し、柱に大胆に穴を開け、木をそこへ貫通させているので…

天理 市座神社/平安時代の興福寺の荘園だった丹波庄。のちに石上神宮と内山永久寺の門前町として栄えました。

丹波市町の真ん中に市座神社はあります。その昔、市(マーケット)が立ち大いに賑わっていたようです。市座という名称はそれに由来しています。境内は掃き清められ落ち着いた佇まいを見せています。現在、市場はなくなり街道も閑散としていますが、神社の有…

若草山と原生林/頂上への散策路が原始林で覆われている。木漏れ日が揺れている。古代を歩くよう。

いつ登っても、なんど歩いても、飽きることのない散策路です。人の手が加わっていない森の中を縫うようにして自動車の通らない砂利道が続きます。表の整備された公園の道を歩くことも、はたまた自動車で山頂に向かうこともできますが、原生林の道でこそ自然…

東大寺と桜/裏参道から講堂跡へ。ひっそりとしながら春を咲かせている。遠目にもやわらかく清々しい。

大仏殿の裏手の桜に吉野の山や佐保川にあるような派手さはありません。静かに、柔らかく、佇んでいる。奈良時代までは花といえば中国に影響された梅だったようですが、平安時代になると俄然桜を愛でるようになります。古代から中世へ向かう中で、風景も中国…

龍王山/左右に古墳の連なる山道。頂上の城跡から望む大和の大地。遙かなる古代に旅するようです。

柳本の崇神天皇陵の脇を抜けて龍王山への道に入ります。思いのほか石がゴロゴロした急な坂もあり、やや難儀。ところが古墳の連なりが目に入ると一気に古代の風景の中へ。柿本人麻呂の奥さんのお墓もどこかにあるはず。往時の貴族達は頬をぬらしながらこの道…

風光る水上池/風にさやぐ木々の若葉と池のさざ波。ちぎれ雲ふわふわと浮かんで辺りは光に満ちています。

太陽の光がさんさんと降りそそぎ、胸のうちまで晴ればれとしてきます。吹き渡る風もすこしばかり温かみを含んでいました。桜のつぼみも膨らみ、いよいよ香りに満ちた春。鴨の遊ぶ池は光の波が照り渡ってまばゆいばかりです。春の胎動です。 鴨が餌をしきりに…

奈良の鹿/神の使いの鹿。百人一首にも歌われた奈良を代表する風物詩です。千年も前からのことです。

年末の角伐りも終わり、そろそろ新しい角を突き出してくる季節となりました。血管の見えそうな柔らかそうで小さな突起物です。これを袋角(ふくろづの)と言うそうで、その昔には薬用(強壮剤)として重宝されたようです。秋になればこの角袋も立派な堅い角…

春立つ奈良/寒々とした奈良の台地にもいつともなく夕靄が立ちこめています。おぼろにかすむ春はすぐそこに。

暦の上の立春が過ぎたとはいえ、近頃の気温の低さは尋常ではありません。北から吹きすさぶ風は冷たく、ともすれば粉雪がちらちらと。ほころび始めた梅の花も縮み上がっています。とはいえ、ときどき柔らかな陽光が降り注ぐように射してくるようになりました…

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