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奈良のアラカルト=ナラカルトは奈良の観察記録です。

奈良町

興福寺 東金堂/聖武天皇は叔母であった女帝の元正天皇のために建立しました。平癒のための祈りの場でした。

父の文武天皇は7歳の時に急死しましたが、幼すぎた皇子は天皇になることができませんでした。そこで父の母、そして母の妹が中継ぎの天皇となりました。異例ずくめですがようやく24歳の時に即位することになりました。生誕したときから波乱の中で生きた聖…

猿沢池 采女祭/池の隅で背を向けた神社。後ろ向きで人びとを迎えています。名月や思わせぶりに雲の中 いやはや!

月見の団子や秋の草花が飾られ、いつもより町が華やいでいます。行列の中ほどには秋の七草で彩られた花扇があります。行き交う人が初秋の風情を楽しんでいました。 采女は入水してしまった悲劇の女性です。事の起こりは悲しみに包まれていますが、奈良時代ら…

なら燈火会/蝋燭の灯が揺れています。夏たけなわ。見なれない灯りの行列に暑さを忘れていきます。

猿沢池から興福寺を東に抜けると博物館の広場に出ます。さらに浮雲園地から東大寺へとまわります。さいごに浅茅ヶ原から浮見堂へと向かいます。奈良公園の輪郭をなぞるような散歩コースですが、夏のひとときだけ、一帯は蝋燭の灯りに照らされていつもと違う…

元興寺の夏/もとは蘇我馬子の本格派寺院。飛鳥時代の瓦ばかりか、空海が起居し仏法を学んだ僧坊も残っています。

飛鳥にあった法興寺(現在の飛鳥寺)がルーツです。蘇我家の没落もあって、平城遷都に伴い官寺として奈良にやって来ました。そして元興寺と名をあらため興隆しましたが、土一揆の火災で大部分が消失し寺域がぐんと小さくなってしまいました。東大寺や興福寺…

奈良の道/古代びとの足音が聞こえるよう。万葉びとの歌が響くよう。1300年の遺産がいたるところに堆積しています。

ひとくちに奈良といっても、北と南では顔つきが違っています。南の飛鳥や吉野は国づくりの黎明期という感じがします。北は国の体裁が整いつつある時期に都市が形成されました。東の山辺や西の葛城あたりになると南北よりももっと古い土着的な要素を見ること…

奈良町と周縁/降りみ降らずみの梅雨の散歩。木々を渡ってくる風はしっとりとして鈍い光さえ風景に和しています。

奈良町には1300年前の道が東西南北に走っています。細く、くねくねと、上がったり下がったり。まっすぐに見えるところでも凝視してみれば左へ右へと微妙にぶれています。なんともいえない味わいがあって趣深い。今どきこんな所ちょっとない。ああ、きっ…

猿沢池 五十二段/興福寺境内と奈良町を結ぶ踏み段。往時の絵巻物にも象徴的な存在として描かれています。

菩薩五十二位説に因んだという説もある石の階段。菩薩、つまり仏を目指して修行に励む人のことですが、五十二位とは仏の境地に至るまでの修行段階が52ステップあるということのようです。しゃれっ気のある階段、そういえば開悟の顔つきをした鹿が歩いて行…

京終/大正から昭和の中頃まであったロープウエイ。天理の高原から凍り豆腐や木材が運ばれてきました。

(現在はリニューアル工事中です) 京終(きょうばて)は平城宮の果て(京の終わり)にあったという意味のようです。いまは静かな佇まいを見せていますが、ロープウエイのあった時代は日本中から物資が届いた拠点で、市場に働く威勢の良い男達で溢れかえって…

元興寺/火渡り 二月三日の節分の日。厄を祓う儀式が豆まきに先立って執り行われました。

鬼は外、福は内。節分の決まり文句が聞こえてくると、寒さに縮こまりながらも、もうすぐ春だなぁと少しばかり口元もほころび柔らかな気持ちに包まれます。ところがなぜか元興寺では豆まきに先立ち、勇猛果敢な衣装を身にまとった山伏達が登場し火渡りの儀式…

冬の興福寺/吹きすさぶ寒風に五重塔はどこ吹く風。古代と変わらぬ姿を見ていると歴史の中を散策している気分です。

興福寺は藤原家の菩提寺でした。古代のあるとき、藤原家は奈良の台地のほとんどすべてを我が物にしていました。その領地から納められる上納金の莫大さは想像に難くありません。いまもってこうして我らの目の前に権威がそびえ立っている。1300年前の出来…

元興寺と奈良町/およそ700年前から境内は宅地化。400年前に現在の町割りが成立しました。

もともとは飛鳥にあった法興寺(現在の飛鳥寺)。平城遷都に伴い官寺として奈良にやって来ました。空海が起居し仏法を学んだ僧坊(現在の本堂+禅室)が残っています。土一揆の火災で大部分が消失し、寺域がぐんと小さくなってしまいましたがそれでも飛鳥時…

奈良公園の桜/とくとご覧あれ。ちらほらと花やかにあちこちにひらひらと。

奈良の桜といえば真っ先に吉野を思い浮かべるかも知れませんが、どっこい、奈良公園もなかなかのものです。派手さよりも艶やかさ。量感よりも質感。寺院の門前や池の端の桜はうっとりとした表情を見せています。 ならまちから奈良公園へ。その道すがら、途切…

奈良基督教会。数寄屋造り風の日本様式の屋根に十字架がのっている。和洋折衷きわまりて、はっとする。

仏教寺院の町にキリスト教の教会。土壁越しのすぐ向こうに興福寺の南円堂が見えています。それもそのはずもともとは興福寺境内だったそうです。まるで仏教とキリスト教が連なっているようです。 どこから見ても純和風の建造物。一瞬、興福寺の関連のものかと…

奈良町。ぶらりと歩けば古代も、中世も、近世も、そこここに。そんな中に現代がゆるりと踏ん張っている。

谷崎潤一郎は関東大震災のあと、古い文化の息づく大阪に住み着いてしまいました。奈良にもたびたび遊びに来ていたようです。一献かたむけるたびに、薄明かりの中の金屏風の揺らぎにはっとしたことでしょう。陰影礼賛の美を感じ取ったのも、きっと、そんな瞬…

秋の散歩が始まって気がついたこと。渡り鳥も飛来して空が賑やかになっていました。

平城宮跡辺りでは鷲などの猛禽類もいますが奈良公園や奈良町辺りでは小鳥が忙しそうに飛びかっています。よくよく見ると山里に棲む鳥も多く、なるほどここは山の連なりにある自然たっぷりの場所なんだなと一人ひそかに悦に入っています。 秋も深まってくると…

ちょっと洗練されていた奈良町の秋祭り。町場の商人の心意気があって、どことなく小綺麗な感じがしました。

少し前に農家が主体の大安寺/八幡神社の祭祀を拝見しましたが、奈良町の御霊神社は打って変わって町場の旦那衆のための祭でした。どちらも収穫を祝うものに違いはないのですが農夫と商人の差がはっきりとありました 70余町の氏子の関係者だけが神事を執り…

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