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奈良のアラカルト=ナラカルトは奈良の観察記録です。

奈良町

京終/大正から昭和の中頃まであったロープウエイ。天理の高原から凍り豆腐や木材が運ばれてきました。

(現在はリニューアル工事中です) 京終(きょうばて)は平城宮の果て(京の終わり)にあったという意味のようです。いまは静かな佇まいを見せていますが、ロープウエイのあった時代は日本中から物資が届いた拠点で、市場に働く威勢の良い男達で溢れかえって…

元興寺/火渡り 二月三日の節分の日。厄を祓う儀式が豆まきに先立って執り行われました。

鬼は外、福は内。節分の決まり文句が聞こえてくると、寒さに縮こまりながらも、もうすぐ春だなぁと少しばかり口元もほころび柔らかな気持ちに包まれます。ところがなぜか元興寺では豆まきに先立ち、勇猛果敢な衣装を身にまとった山伏達が登場し火渡りの儀式…

冬の興福寺/吹きすさぶ寒風に五重塔はどこ吹く風。古代と変わらぬ姿を見ていると歴史の中を散策している気分です。

興福寺は藤原家の菩提寺でした。古代のあるとき、藤原家は奈良の台地のほとんどすべてを我が物にしていました。その領地から納められる上納金の莫大さは想像に難くありません。いまもってこうして我らの目の前に権威がそびえ立っている。1300年前の出来…

元興寺と奈良町/およそ700年前から境内は宅地化。400年前に現在の町割りが成立しました。

もともとは飛鳥にあった法興寺(現在の飛鳥寺)。平城遷都に伴い官寺として奈良にやって来ました。空海が起居し仏法を学んだ僧坊(現在の本堂+禅室)が残っています。土一揆の火災で大部分が消失し、寺域がぐんと小さくなってしまいましたがそれでも飛鳥時…

奈良公園の桜/とくとご覧あれ。ちらほらと花やかにあちこちにひらひらと。

奈良の桜といえば真っ先に吉野を思い浮かべるかも知れませんが、どっこい、奈良公園もなかなかのものです。派手さよりも艶やかさ。量感よりも質感。寺院の門前や池の端の桜はうっとりとした表情を見せています。 ならまちから奈良公園へ。その道すがら、途切…

奈良基督教会。数寄屋造り風の日本様式の屋根に十字架がのっている。和洋折衷きわまりて、はっとする。

仏教寺院の町にキリスト教の教会。土壁越しのすぐ向こうに興福寺の南円堂が見えています。それもそのはずもともとは興福寺境内だったそうです。まるで仏教とキリスト教が連なっているようです。 どこから見ても純和風の建造物。一瞬、興福寺の関連のものかと…

奈良町。ぶらりと歩けば古代も、中世も、近世も、そこここに。そんな中に現代がゆるりと踏ん張っている。

谷崎潤一郎は関東大震災のあと、古い文化の息づく大阪に住み着いてしまいました。奈良にもたびたび遊びに来ていたようです。一献かたむけるたびに、薄明かりの中の金屏風の揺らぎにはっとしたことでしょう。陰影礼賛の美を感じ取ったのも、きっと、そんな瞬…

秋の散歩が始まって気がついたこと。渡り鳥も飛来して空が賑やかになっていました。

平城宮跡辺りでは鷲などの猛禽類もいますが奈良公園や奈良町辺りでは小鳥が忙しそうに飛びかっています。よくよく見ると山里に棲む鳥も多く、なるほどここは山の連なりにある自然たっぷりの場所なんだなと一人ひそかに悦に入っています。 秋も深まってくると…

ちょっと洗練されていた奈良町の秋祭り。町場の商人の心意気があって、どことなく小綺麗な感じがしました。

少し前に農家が主体の大安寺/八幡神社の祭祀を拝見しましたが、奈良町の御霊神社は打って変わって町場の旦那衆のための祭でした。どちらも収穫を祝うものに違いはないのですが農夫と商人の差がはっきりとありました 70余町の氏子の関係者だけが神事を執り…

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