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奈良のアラカルト=ナラカルトは奈良の観察記録です。

寺院

東大寺から飛火野へ 朝に歩く/夜の気配もほんの少し。古代の人と同じ景色の中にいるような感じがしてきます。

奈良でもっとも贅沢な時間は明け方。とても寒い季節ですが冬だからこそ透きとおった風景が広がります。ほんの短い時間でも心の奥深くまで染みてきます。東の空がうっすら青みを帯びてきて、やがてほんのり赤い色が混じってきます。美しいということばさえ忘…

奈良町 猫の町/奈良の旧市街は「にゃらまち」と言われるほど猫の多い町です。ニャンで、かな?!

奈良町は古い町並みだけに、小さな祠から世界遺産の寺院までそこここに信仰の場が点在しています。そこは生き物を殺生しない空間です。そんなこともあって古くからどこの寺院や神社にも猫が住みついていたのでしょう。いまなお境内のあちこちで遊ぶ姿を目に…

東大寺 端を歩く/境内の北には塔頭。末寺というべきか、子院というべきか。往時を偲ばせる土塀が連なっています。

二月堂の裏参道を降りてくると塔頭が続きます。どこも上品で、どこかしら瀟洒な感じがします。いまでは僧侶の家族住宅にもなっていますが、本来は先人の住職亡き後、その遺徳を慕って側に寄りそってくらすというものでした。1300年の間にありさまは変容…

奈良町 松の内/門前に掛かる正月の松飾り。きりりとして清々しく。鹿の鳴き声も新春を言祝いでいるようです。

東大寺や春日大社には引きも切らず押し寄せてくる参拝客でごった返していましたが、そんなときでも奈良町はひっそりとしていて昔ながらの家族中心の正月があるようでした。ふだんの観光客はどこへやら。ここに暮らす住人たちが自分たちの町を取り戻し落ち着…

東大寺 元旦/東の空が白み始める頃。大仏殿の輪郭が浮かび上がり、金色の鴟尾がひときわ輝きを増します。めでたし、めでたし。

いまから約千年さかのぼること、平家によって大仏殿は無残にも火を放たれてしまいました。大仏さまも焼けただれ長い間風雨にさらされていました。江戸時代にようやくと再建されますが規模はぐっと小さくなり三分の二まで縮小されてしまいます。それでもこの…

興福寺 中金堂/301年ぶりに再建。20年かけて完成しました。東大寺大仏殿に次ぐ大きさです。

710年頃に創建されましたが戦災や火事で7回も焼失した中金堂。アフリカからケヤキ、カナダからヒノキを輸入して資材としたそうです。大きな柱は日本から調達することは叶いませんでしたが天平の風景を取り戻しました。東西37メートル、南北23メート…

春日若宮おん祭 平成の終わりに/一年の無事を祝うかのよう。春日大社の若宮さまに御出座いただき感謝の念を伝えます。

春日大社の摂社として若宮神社は境内の奥に鎮座しています。若宮さまは特別の神さま。なにからなにまで別格の儀式が神妙に執り行われます。日をまたぐ16日から17日の真夜中、若宮さまお住まいの神社より世俗の片隅(御旅所)においでいただき、仮に造ら…

東大寺 かぎろひ/明け方、東の空からうっすらと明るく射してくる光。それを陽炎<かぎろひ>と言います。

東大寺となると参拝客や物見遊山の観光客でごった返していますが、初冬の東大寺の明け方は人っ子一人いない静かな風景が広がります。これぞ古代から変わらぬ景色かと思えるほどに真に迫ってくる気分です。曙光の清らかさはなににも代えがたい。震えるほどの…

長谷寺 貴族の衣擦れ/平安時代の貴族が観音さまに帰依してから大いに賑わいました。山岳寺院というより巨大な山荘のようです。

貴族的な匂いが立ちこめていて、霊場というよりも、宮廷の別荘が山のなかに造営されたという雰囲気を持っています。遠くに見える山の稜線も吹きわたる風も優雅に感じられて、平安貴族がそぞろ歩いた参道も散策路という方がにあっています。紫式部も清少納言…

東大寺 晩秋/木の葉はひらりひらりと舞いながら音もなく足もとへ。大仏殿、講堂跡、大仏池辺り、多彩な色模様です。

黄金色の銀杏も、朱色と紅のモミジの葉や桜の葉も、宗達の絵の具のたらしこみのよう。それでも奈良でもっとも美しく映えているのはナンキンハゼ。赤や黄の色が幾重にも重なって自然の織りなす微妙な色調が一本の木をバランスよく彩っています。繁殖力も強く…

柳本 茶人有楽斎/戦国時代を生き抜いてきた織田有楽斎は運の強い男です。柳本から桜井一帯を家康よりもらい受けました。

有楽斎は織田信長の弟。本能寺の変の後、美濃へ逃げ、その後は豊臣家の大阪城に入りました。冬の陣、夏の陣で大阪城は落ちてしまいますが有楽斎は直前に城を離れまたもや生き延びました。関ヶ原の戦いで武勲を立てていたこともあって徳川家康は有楽斎を特別…

斑鳩 聖徳太子/山がそびえ立つ。それを「やまと」と言いました。大和の西向こうに渡来人が居を構えていました。

飛鳥時代、厩戸皇子(聖徳太子)は絶大な権力者の蘇我馬子と手を組むこともあれば反目することもあったといわれています。きわめて微妙な状況が太子を取りまいていたことになりますが、もやもやとした気持ちを払拭したのは仏教だったようです。渡来人に仏教…

興福寺 東金堂/聖武天皇は叔母であった女帝の元正天皇のために建立しました。平癒のための祈りの場でした。

父の文武天皇は7歳の時に急死しましたが、幼すぎた皇子は天皇になることができませんでした。そこで父の母、そして母の妹が中継ぎの天皇となりました。異例ずくめですがようやく24歳の時に即位することになりました。生誕したときから波乱の中で生きた聖…

東大寺/夜の大仏殿 夜陰に威容を誇る大建築。仏教に活路を見いだし大国たらんとして踏ん張った勢いがいまだにありました。

激しく揺れ動いた天平時代に聖武天皇は即位し、藤原不比等の後ろ盾によって国のかたちを整えていきました。しかし不比等は志なかばで逝ってしまいます。その空白を埋めたのは詰まるところ仏教でした。厩戸皇子が仏教に着目してから、およそ150年後のこと…

東大寺/手向山八幡宮 大仏さまの鎮守社。渡来した仏と日本の神が蝉時雨のなかで手をたずさえています。

法華堂のすぐ隣にある神社です。さまざまな伽藍が取りまく境内の丘にあり、大仏殿と若草山にはさまれてひっそりとしています。ちょっと異質なものが混じっている気分にさせられますが、興福寺に対する春日大社のような存在です。世界には、いがみあう信仰も…

東大寺/朝に歩けば。柔らかな光がゆっくりと射してきます。叙事詩の舞台の幕開けのようといえば大袈裟か。

天が広いことは知っていても、その広がりを実感させるところはなかなかあるものではないでしょう。東大寺の朝は絵に描いたような壮観な風景を見せてくれます。雑音は耳に届かず、雑念はどこか遠くへ。原生の裏山で鴉がかぁと鳴きました。 1300年という時…

興福寺 夏の朝/酷暑の夏とはいえ、朝まだき、微かな風が清々しい。若々しい僧侶の般若心経が聞こえてきました。

どうしたことか凄まじい猛暑の日々が続いています。不要不急の外出を控えるようにと天気予報。それでも東から太陽が昇る頃、興福寺の境内では束の間の静けさとともに爽やぐ風が吹いていました。日課なのでしょう、若い僧侶三名が境内をまわり般若心経を唱え…

元興寺の夏/もとは蘇我馬子の本格派寺院。飛鳥時代の瓦ばかりか、空海が起居し仏法を学んだ僧坊も残っています。

飛鳥にあった法興寺(現在の飛鳥寺)がルーツです。蘇我家の没落もあって、平城遷都に伴い官寺として奈良にやって来ました。そして元興寺と名をあらため興隆しましたが、土一揆の火災で大部分が消失し寺域がぐんと小さくなってしまいました。東大寺や興福寺…

東大寺/室町時代末期の大風で倒壊した西大門。江戸の火事で焼けてしまった中門。近くに聖武天皇ゆかりの御拝壇がありました。

みとりい池の北側に礎石だけの西大門跡があります。さらに北に向かえば中門(焼け門ともいう)、そして転害門となります。いまでこそ南大門の方が東大寺の正面になっていますが天平時代はこちらの方が表だったように思われます。二条大路につながっていた中…

法華寺/藤原不比等の邸宅跡。娘の光明皇后が相続し総国分尼寺としました。裏庭に歩を進めれば平城宮の庭園に迷い込むようです。

天皇の住まいであった平城宮につけ足すようにして隣接しています。はて面妖なとおもいきや、藤原不比等の邸宅であったと聞きおよび納得しました。娘の光明皇后がもらい受けて尼寺にしたというのですから格が違います。どこを見ても品のある佇まいはそうした…

奈良町と周縁/降りみ降らずみの梅雨の散歩。木々を渡ってくる風はしっとりとして鈍い光さえ風景に和しています。

奈良町には1300年前の道が東西南北に走っています。細く、くねくねと、上がったり下がったり。まっすぐに見えるところでも凝視してみれば左へ右へと微妙にぶれています。なんともいえない味わいがあって趣深い。今どきこんな所ちょっとない。ああ、きっ…

三条通/貴族の高級住宅街を貫いた1300年前の三条大路。もちろん貴人ばかりでなく鹿も闊歩していました。

東西に走る三条通。東は春日大社の参道になりますが、西の端は大阪への最短距離の道となる暗峠に通じています。平城京のまん中を貫く五条大路より以北が貴族に許された高級住宅街だったそうですから、三条大路となれば、平城宮に近い分だけ位の高い貴族が住…

大安寺/戦前戦後を通じてのこと。ベートーヴェンのピアノソナタ第8番「悲愴」がドイツのピアニストによって奉納されました。

ドイツの名ピアニストと言われたヴィルヘルム・ケンプが5回にわたってピアノ演奏を奉納しています。聖徳太子を開基とする大安寺の境内にてベートーヴェンやバッハの曲が奏でられました。なんとも妙な縁ですがそもそも仏教儀式と楽舞は切り離せないものです…

弘仁寺/明星がおちた神聖な場と聞き及び、空海、馳せ参じる。天命により伽藍を建立との逸話。さもありなん。

なにかを感じて後ろを振り向けば誰かがすっと消えた。すわ空海の亡霊かなどとあらぬ事を思わせるほどに張りつめた空気が漂っていました。さして標高が高いとは言えないところにある境内ですが、こんもりとした木々に囲まれて深山幽谷に紛れ込んだようです。 …

柳本/1300年前、インドの高僧がはるばると来日。善無畏三蔵(ぜんむいさんぞう)。奈良に密教を伝え、そして柳本へ。

インド人の善無畏三蔵は国王でしたが故あって出家しました。密教を流布すべく長安に渡りました。天才でした。国賓の扱いを受け、さまざまな経典を漢訳しました。その甲斐あって中国に密教ブームが到来。その後、善無畏三蔵は密教をさらに広めるため元正天皇…

東大寺 南大門/鎌倉の活力。繊細とは無縁。東大寺様式という独創性。運慶と快慶は強く共鳴しました。

木造とはいえ、高さ25メートル、幅はおよそ30メートルという巨大さ。柱となる丸木に軒を支える木材をさし込んでいます。その柱も水平に渡された木によって連結されています。それまでの伝統を無視し、柱に大胆に穴を開け、木をそこへ貫通させているので…

東大寺と桜/裏参道から講堂跡へ。ひっそりとしながら春を咲かせている。遠目にもやわらかく清々しい。

大仏殿の裏手の桜に吉野の山や佐保川にあるような派手さはありません。静かに、柔らかく、佇んでいる。奈良時代までは花といえば中国に影響された梅だったようですが、平安時代になると俄然桜を愛でるようになります。古代から中世へ向かう中で、風景も中国…

奈良の鹿/神の使いの鹿。百人一首にも歌われた奈良を代表する風物詩です。千年も前からのことです。

年末の角伐りも終わり、そろそろ新しい角を突き出してくる季節となりました。血管の見えそうな柔らかそうで小さな突起物です。これを袋角(ふくろづの)と言うそうで、その昔には薬用(強壮剤)として重宝されたようです。秋になればこの角袋も立派な堅い角…

春立つ奈良/寒々とした奈良の台地にもいつともなく夕靄が立ちこめています。おぼろにかすむ春はすぐそこに。

暦の上の立春が過ぎたとはいえ、近頃の気温の低さは尋常ではありません。北から吹きすさぶ風は冷たく、ともすれば粉雪がちらちらと。ほころび始めた梅の花も縮み上がっています。とはいえ、ときどき柔らかな陽光が降り注ぐように射してくるようになりました…

元興寺/火渡り 二月三日の節分の日。厄を祓う儀式が豆まきに先立って執り行われました。

鬼は外、福は内。節分の決まり文句が聞こえてくると、寒さに縮こまりながらも、もうすぐ春だなぁと少しばかり口元もほころび柔らかな気持ちに包まれます。ところがなぜか元興寺では豆まきに先立ち、勇猛果敢な衣装を身にまとった山伏達が登場し火渡りの儀式…

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