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奈良のアラカルト=ナラカルトは奈良の観察記録です。

吉野/役行者の桜、金峯山寺の柱、吉野水分神社の格式、西行の草庵、陀羅尼助丸の大蛙。いやはや、いやはや。

吉野といえば役行者。修験道の開祖であり、山伏の始祖であり、山岳信仰のルーツです。その役行者が吉野の山中で金剛蔵王権現を感得し、その姿を桜の木に彫り刻みました。このときから桜は特別の存在となり、ご神木となり、信徒たちによって競って植えられた…

安倍文殊院/快慶の渡海文殊群像。特別史跡の西古墳。創造することのなんたるかを学ぶ。

奈良博物館の快慶展では巨大な写真でしか拝見できない渡海文殊群像。じっさいに拝見するには安倍文殊院まで出向くしかありません。 快慶の天才ぶりがほとばしっていました。鎌倉時代に東大寺が再建される前の造立です。渡海文殊の清然とした顔つき、善財童子…

唐招提寺/律する。鑑真はこの一言のために東の小さな国に渡ってきた。筆舌に尽くせぬ苦難。ついには盲目となる。

整然と天平の伽藍が並んでいます。ことさらになにかを主張するわけでもなく、とりたててなにかを押しつけることもない。にもかかわらず、どこか凛としています。律するとはこういうことかと感服の至りです。 金堂におわす三体の仏像は穏やかな表情を見せなが…

林神社/饅頭のルーツがここに。奈良が饅頭発祥の地であったとは驚きでした。

700年近く前のこと。中国の青年が修行を終えた日本の僧についてやってきました。身の回りを世話していたその男の名は林淨因。ややあって饅頭を作りはじめました。評判が立ち、いちやく名が知れわたったそうです。林神社の由縁がここにあります。 往時の寺…

海龍王寺/堂内に五重塔のひながたが鎮座する。まるごとの天平の遺構。創建当時からここを動かないでいる。

天平という時代、仏像ばかりではなく、建築文化も爛熟していました。西金堂に据え置かれている模型の五重塔。天平時代からのもので、細部にわたって知恵と熱情を傾けた痕跡があります。 堂内を見わたせば、西金堂そのものも天平の構造様式を見せてくれます。…

奈良公園の桜/とくとご覧あれ。ちらほらと花やかにあちこちにひらひらと。

奈良の桜といえば真っ先に吉野を思い浮かべるかも知れませんが、どっこい、奈良公園もなかなかのものです。派手さよりも艶やかさ。量感よりも質感。寺院の門前や池の端の桜はうっとりとした表情を見せています。 ならまちから奈良公園へ。その道すがら、途切…

新薬師寺/修二会  尾を引いて猛る炎やお松明

歴史的に東大寺と深い関わりがある新薬師寺ですが、お水取りの修二会とはおもむきが違っていました。僧侶や童子の顔つきまではっきりと分かる距離にあって薬師悔過法要は営まれます。 夕闇迫る頃、声明が聞こえてきます。読経が音楽のようです。 インドが発…

稗田環濠集落/群雄割拠の戦国時代がタイムスリップしている。意表を突く存在。痛快なほどです。

大和郡山の東。長閑な田園地帯に大きな環濠を巡らした集落があります。土壁や石垣の代わりに濠を用いて外敵の攻撃から集落を守ったのです。灌漑用水としての働きもあったようです。水面に映る空はすがすがしいものですが、激しく争いあった人間の愚かさも湛…

春日大社と原生林/山ぼめという古代信仰。神々は木々に隠れるようにして鎮座している。

万葉集の和歌には「清」という文字がさかんに使われています。穢れのない「清」のある山は特別の存在でした。清き山をほめることにより、あらたな生命力を与えてもらうのです。 その昔、山はたんなる自然ではなく、信仰と深く結びつき呪力をつけるにふさわし…

郡山城跡/秀吉、弟の秀長になにを急がせたのか。地蔵や墓石が石垣石になっている。

天守台を支えた石積みが天を仰ぐ。めくるめくような空の大きさ。郡山城跡は奈良にあって大内裏や古墳にも負けない威容を誇っています。にもかかわらず石積みは滑稽でもあり、切実でもあるのです。平城宮羅城門や西大寺七重塔の礎石まで使われています。寺の…

暗峠(くらがりとうげ)/最後の旅となった芭蕉の足跡を追って

南北に細長くのびる生駒山の真ん中あたりの低いところが暗峠。奈良と大阪を結ぶ山越えの近道が走っています。 大阪へ向かう道すがら伸びやかな棚田が広がります。ところどころ風雨に洗われて少しのっぺりしてしまった地蔵が迎えてくれます。元禄時代からなに…

岩船寺/隅鬼棲む山寺 木もれ日と蕾と鳥のさえずりと

中世、南都(奈良)は乱れがちだったといいます。 秩序の崩れた都市を嫌って山に籠もる僧が出てくるのは自然なこと。 清浄な修行の場を必要としていたのです。 岩船寺の起点もそこから。 どうりで町のなかにある寺院とは風姿が違っています。 山の精霊が守っ…

浄瑠璃寺〜岩船寺/石仏 人々の願いそのまま石仏

仏像といえば仏師が作るものと考えがちです。 運慶や快慶の残した仏像は文字通りこの国の宝です。 しかしそれらばかりが仏像ではありません。 円空は僧侶としてじつに多くの仏像を彫りました。 大工や農民の彫った地蔵も山中にひっそりと立っています。 考え…

浄瑠璃寺/陽春 春の花咲きほこりたる浄土かな

1000年前の平安時代は末法に入った時代。 釈尊の教えもゆらぎ、争いごとが絶えなくなると広く喧伝されました。 そんなときに浄瑠璃寺は創建。 僧侶の戒律を厳しく修めて不遜な時代に対峙しました。 浄瑠璃とは澄みきった世界のことだそうです。 浄瑠璃寺…

11 東大寺 二月堂 お水取り/満行

終わりを全うして練行衆は結束をとかれます。 それぞれの顔にやり遂げた者だけが見せる逞しい境地を浮かべています。 鋭い目つきのなかに優しさがにじんでいます。 練行衆のからだから立ち上る気は天を衝くかのよう。 自坊に去りゆく練行衆は足を一つ運ぶご…

10 東大寺 二月堂 お水取り/しりつけ松明

お水取りの最後を飾る「しりつけ松明」。 前の童子の尻に火がつくほどの近い距離で上がることからそう呼ばれています。 一列に並ぶさまは大団円を迎えるにふさわしい。 荘厳さもさることながら華やかさがなんともいえず 胸の内をほわっと明るくしてくれます…

9 東大寺 二月堂 お水取り/達陀(だったん)

達陀(だったん)とは聞き慣れないことば。 それもそのはずサンスクリット語で焼き尽くされる意とか。 またしても火の行法。 堂内に侵入しようとする鬼を松明によって退治する。 お水取りを始めとするきわめて崇高な儀式と違い、どこか愉快。 見る者の緊張を…

8 東大寺 二月堂 お水取り/籠松明と「お水取り」

籠松明は12日目にあげられる特別のものです。 この日は修二会(しゅにえ/お水取りの正式名称)の頂点をきわめる日となります。 深夜にお水取りと言われる由縁になった「お水取り」が行われます。 籠松明は普段のお松明よりも大きく、夜空を焦がさんばかり…

7 東大寺 二月堂 お水取り/童子がいてこそ

お水取りとは正式に「十一面悔過」(じゅういちめんけか)といいます。 二月堂本尊の十一面観世音菩薩に因んでいます。 仏教の根本には、 過ちは欲と怒りと無知によって引き起こされるものという解釈があります。 なるほど道理です。 しかしながら教わった真…

6 東大寺 二月堂 お水取り/お松明

お松明が現れると一斉に耳目をひき、 いまかいまかと待ち望んでいた人々から大きなどよめきが起こります。 闇のなかにうっすらと浮かび上がる回廊は舞台と化します。 人々の顔は赤く染まり、 うっとりとした表情を見せたかと思うと、 驚嘆と溜息の入りまじっ…

5 東大寺 二月堂 お水取り/湯屋

夕方近くになると練行衆はいったん下堂してきます。 午後の7時には大鐘の合図とともにふたたび上堂します。 この時です。 あのお松明が足下を照らします。 それまでのわずかな間が練行衆の休息のひとときです。 まずは湯屋に向かい疲れを洗い流します。 五…

4 東大寺 二月堂 お水取り/上堂

食事が終われば休む間もなく上堂します。 練行衆の目はなにか遠くを見つめているようです。 一段上がるごとに顔には厳しさがにじみ出て、 なにかに挑みかかろうとする決意が背中にはりついていました。 手始めに掃除が行われます。 ちょっと手荒い感じです。…

3 東大寺 二月堂 お水取り/食作法(じきさほう)

仏教の根本にお慈悲があります。 食事においては、 与えられた食事をすべて口にするのではなく、ひとまとまりを残します。 それらは童子へのお下がりとなり、 鹿など獣への餌となり、鴉など鳥への施しとなります。 楽しむための食事ではありませんが、 かと…

2 東大寺 二月堂 お水取り/食堂

食事は正午の一回だけ。 上堂すれば水を飲むことさえ許されず、 次の日の昼までなにも口にできないそうです。 喜び勇んで走っていく連行衆はあっという間に食堂に消えていきます。 とはいえすぐさま食事にありつけるわけではありません。 長い読経の後でやっ…

1 東大寺 二月堂 お水取り/お松明下ごしらえ

大振りのお松明。 修行そのものに直接関係ない装置とはいえ、 これほど印象的なものもありません。 上堂する練行衆の足下を照らす明かりです。 燃えさかる火はとても神秘的です。 お松明は14日間、毎日、童子によって作られます。 童子とは練行衆の世話役…

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