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奈良のアラカルト=ナラカルトは奈良の観察記録です。

神社

柳本 茶人有楽斎/戦国時代を生き抜いてきた織田有楽斎は運の強い男です。柳本から桜井一帯を家康よりもらい受けました。

有楽斎は織田信長の弟。本能寺の変の後、美濃へ逃げ、その後は豊臣家の大阪城に入りました。冬の陣、夏の陣で大阪城は落ちてしまいますが有楽斎は直前に城を離れまたもや生き延びました。関ヶ原の戦いで武勲を立てていたこともあって徳川家康は有楽斎を特別…

桧原神社 山辺の道/桧原神社は元伊勢と言い、伊勢神宮に祭祀されているアマテラスはもともとここにおわしたとか。

神々はさまざまなところへ降臨します。高木や巨石にはじまって家庭生活の道具にまで。木は神木となり、岩は磐座(いわくら)と呼ばれます。山を神のおわす場と見なし、山にあるすべてを神体とすることもあります。神は注連縄(しめなわ)や榊(さかき)によ…

春日大社 参道/三条通を東に歩けば一の鳥居。世俗は遮断され木々の隙間から古代の風景。原生林のこんもりした森へと続きます。

参道は深閑とした森を切り開いて造られています。ご神体の御蓋山を訪ねるように歩きます。つい先ほどの三条通の喧噪は薄められていき、いつしかこころ穏やかに歩を進めています。この道が県庁の目と鼻の先にあるとは、いやはや、いやはや! 一歩一歩進むごと…

猿沢池 采女祭/池の隅で背を向けた神社。後ろ向きで人びとを迎えています。名月や思わせぶりに雲の中 いやはや!

月見の団子や秋の草花が飾られ、いつもより町が華やいでいます。行列の中ほどには秋の七草で彩られた花扇があります。行き交う人が初秋の風情を楽しんでいました。 采女は入水してしまった悲劇の女性です。事の起こりは悲しみに包まれていますが、奈良時代ら…

春日大社 もう一つの参道 鷺原道/興福寺大乗院の僧侶はこの裏道を使い参拝しました。ショートカットした道です。

大乗院から春日大社までを直線で引いたような道です。表参道の途中から南に折れ、飛火野の奥を抜けます。別名を地僧道(じそうみち)といいます。いちだんと深い自然に心は洗われ、神が現れても不思議ではない雰囲気が横溢しています。 興福寺と春日大社の出…

春日大社/藤原不比等 大和朝廷の骨格を築いた藤原鎌足の次男。藤原家の祖先神として神社を建立しました。

この国の歴史上、藤原不比等は最強の男であったかもしれません。藤原四兄弟と呼ばれた息子たちとともに中央集権化に力をつくしました。娘の宮子は文武天皇のきさきになり、光明子は聖武天皇の皇后にまで上りつめました。国の基礎が築かれ、1300年後のい…

東大寺/手向山八幡宮 大仏さまの鎮守社。渡来した仏と日本の神が蝉時雨のなかで手をたずさえています。

法華堂のすぐ隣にある神社です。さまざまな伽藍が取りまく境内の丘にあり、大仏殿と若草山にはさまれてひっそりとしています。ちょっと異質なものが混じっている気分にさせられますが、興福寺に対する春日大社のような存在です。世界には、いがみあう信仰も…

三条通/貴族の高級住宅街を貫いた1300年前の三条大路。もちろん貴人ばかりでなく鹿も闊歩していました。

東西に走る三条通。東は春日大社の参道になりますが、西の端は大阪への最短距離の道となる暗峠に通じています。平城京のまん中を貫く五条大路より以北が貴族に許された高級住宅街だったそうですから、三条大路となれば、平城宮に近い分だけ位の高い貴族が住…

春日大社/あちこちに神の依り憑く磐座(いわくら)。石であったり、大木であったり。神の御座所です。

奥の院道を歩いて本宮神社遙拝所を過ぎるあたりから、いろいろなかたちをした磐座に遭遇します。神が降臨するところです。御幣で祀ってあるので遠目にもすぐに分かります。そうか、そこに降りてくるのかとじっと見やれば、そう思えてくるから不思議なもので…

天理 市座神社/平安時代の興福寺の荘園だった丹波庄。のちに石上神宮と内山永久寺の門前町として栄えました。

丹波市町の真ん中に市座神社はあります。その昔、市(マーケット)が立ち大いに賑わっていたようです。市座という名称はそれに由来しています。境内は掃き清められ落ち着いた佇まいを見せています。現在、市場はなくなり街道も閑散としていますが、神社の有…

京終/大正から昭和の中頃まであったロープウエイ。天理の高原から凍り豆腐や木材が運ばれてきました。

(現在はリニューアル工事中です) 京終(きょうばて)は平城宮の果て(京の終わり)にあったという意味のようです。いまは静かな佇まいを見せていますが、ロープウエイのあった時代は日本中から物資が届いた拠点で、市場に働く威勢の良い男達で溢れかえって…

奈良の鹿/神の使いの鹿。百人一首にも歌われた奈良を代表する風物詩です。千年も前からのことです。

年末の角伐りも終わり、そろそろ新しい角を突き出してくる季節となりました。血管の見えそうな柔らかそうで小さな突起物です。これを袋角(ふくろづの)と言うそうで、その昔には薬用(強壮剤)として重宝されたようです。秋になればこの角袋も立派な堅い角…

三輪/そうめん 奈良時代から食されていた古代の麺。冬の北風が美味しく仕上げています。

大神神社(おおみわじんじゃ)の周辺に三輪そうめんの工場は点在しています。小麦粉はもとより、清らかな水、天然の塩、射し込む天日、そして身が縮むほどの北風が三輪そうめんを作り出します。生地を引き延ばして、さらに引き延ばして細い麺に仕上げる手延…

春日若宮おん祭 大宿所/一年を締めくくるおん祭。前日に祭の無事を祈願する祭が執り行われます!

奈良町の真ん中を通り抜ける餅飯殿通(もちいどのどおり)は賑やかな商店街です。その通りの中程に「大宿所」(おおじゅくしょ)があります。この祭のためだけに存在するような場です。普段は人気もなくひっそりとしていますが、おん祭を迎える年末だけは華…

春日大社 奥の院道/本殿の南東のどんづまりに紀伊神社(奥の院)。鬱蒼とした森を縫って小道が続きます。

三条通の東の端にある一の鳥居をくぐれば、高木の枝が頭上をおおい、夏の日照りをさえぎってくれます。木々を渡ってくる風は涼やかで、夏の散歩にはこの上なく贅沢なコースになります。朝が早いほどさわやかですが、昼日中でもさして苦にならない道のりです…

春日大社/桂昌殿 綱吉の生母、桂昌院。春日大社ばかりか法隆寺も唐招提寺も復興し奈良を蘇生させました。

巷間伝えるところによれば、桂昌院は京都の八百屋の娘であったといわれています。あれよという間に大奥にまで上り詰め、ついには5代将軍綱吉を懐妊。ここまではとんとん拍子でしたが、大奥にはライバルも多く、陰湿ないじめにあっていたとか。その時の桂昌…

橿原神宮/あっけらかんと空の青。なんとはなしに飛鳥時代を彷彿とさせる瞬間がありました。

橿原神宮を前にするとその新しさと飾り気のないさまに驚きます。柱や垂木に染みもなく、すべてに明るい感じです。古きものとなれば苔むしていることが多いものです。ここはそうしたものと無縁。すべてに透明感さえありました。 真新しい壮大な建造物は神のお…

吉野/役行者の桜、金峯山寺の柱、吉野水分神社の格式、西行の草庵、陀羅尼助丸の大蛙。いやはや、いやはや。

吉野といえば役行者。修験道の開祖であり、山伏の始祖であり、山岳信仰のルーツです。その役行者が吉野の山中で金剛蔵王権現を感得し、その姿を桜の木に彫り刻みました。このときから桜は特別の存在となり、ご神木となり、信徒たちによって競って植えられた…

林神社/饅頭のルーツがここに。奈良が饅頭発祥の地であったとは驚きでした。

700年近く前のこと。中国の青年が修行を終えた日本の僧についてやってきました。身の回りを世話していたその男の名は林淨因。ややあって饅頭を作りはじめました。評判が立ち、いちやく名が知れわたったそうです。林神社の由縁がここにあります。 往時の寺…

春日大社と原生林/山ぼめという古代信仰。神々は木々に隠れるようにして鎮座している。

万葉集の和歌には「清」という文字がさかんに使われています。穢れのない「清」のある山は特別の存在でした。清き山をほめることにより、あらたな生命力を与えてもらうのです。 その昔、山はたんなる自然ではなく、信仰と深く結びつき呪力をつけるにふさわし…

山辺の道/夜都伎神社。素朴の上にも素朴。飾り立てるものはなにもないのに威厳があって気高い。

古代びとは自然のさまざまな現象を神の働きであると考えました。風の音、雲のかたち、雷雲から落ちる稲妻などの自然現象を逐一読みとろうとしました。神は何をしようとしているのかと、耳をすまし、心を動かしたのです。すべては神聖なものでした。 黄昏/た…

春日山原始林の原生文様。ほとんど人の手の入っていない場がある。ありのままの姿がこんなところにあるなんて。

我ら地球人、まっとうな自然をずいぶん失ってしまった。自然を壊してしまえば、人間が壊れてしまう・・・。自然をしっかり残すこと。さすれば人間も生き延びることになる。道理至極なり。 原始林とは人に荒らされることなく生存している森林のこと。奈良には…

大安寺と守護神の八幡神社。田園地帯にぽつねんと鎮座していますが往時は東大寺などに匹敵する存在でした。

空海との縁も深く、唐からの並みいる高僧も大安寺を住まいにしていました。国づくりのための地固めが奈良で行われていましたが、大安寺も期待をにない仏教の発展に寄与してきたのです。 そんな大寺院といえども守護神を必要としていました。日本の神さまが仏…

古代豪族の群雄割拠した葛城。西の山辺の道といわれる古道が走る。とても深い。日本の原風景はここにある。

豪族たちの勢力は古社寺ばかりではなく、古代びとがさかんに行き来した道端にもひっそりと史跡が残っています。この国が日本になろうとしたときの胎動がありました。幹線としての道は今ではのどかな畦道となっていますが、ここにある田んぼはなにも変わるこ…

神は万物に宿るという。神頼みという。神も仏もないという。神さびるともいう。石上神宮、日本最古という説がある。

万葉の時代、生まれるというのと、現れるというのは同じ根を持つことばだったらしい。生まれるは、生る(ある)ということらしく、魂の現れをあらわしている。そして魂は生まれるものの、いずれ幽界へと移行していく。現代的にいえば死ぬということ。しかし…

おん祭は、正式には春日若宮おん祭と言うそうな。1100年以上続いている。1年の締めくくりの大きな祭です。

大和の春は大和神社のちゃんちゃん祭りから始まり、春日大社のおん祭でその年をめでたく終えるそうです。若宮さまと呼ばれる神さまの労をねぎらい、感謝の気持ちを込めてさまざまな供物と芸能を奉納します。 奈良でもっとも大掛かりな祭です。厳粛さもあれば…

山辺の道はどこから歩いても古代を闊歩している。とくに巻向辺りは、ちょっと凄い。

巻向に降り立つと目の前に三輪山がでんと構えてこちらを見ています。この国が出来上がる前から、山そのものがご神体として崇められていたようです。 南へ歩くと元伊勢と言われた桧原神社です。伊勢神宮のアマテラスはここからおいでになったとか。 ひょっと…

春日大社の20年に一度の式年造替は終わりに近づき後宴之舞楽が奉納されました。60回目とのこと。驚愕の一語。

本殿の修繕が終わり、仮殿から神さまが還ってきたそうです。いろんな祭典が奉仕されました。そして最終の儀式がありました。 なにはさておき1200年前から行われているという事実にちょっと吃驚です。インド辺りから伝わったという舞も衣装も興味深いもの…

ちょっと洗練されていた奈良町の秋祭り。町場の商人の心意気があって、どことなく小綺麗な感じがしました。

少し前に農家が主体の大安寺/八幡神社の祭祀を拝見しましたが、奈良町の御霊神社は打って変わって町場の旦那衆のための祭でした。どちらも収穫を祝うものに違いはないのですが農夫と商人の差がはっきりとありました 70余町の氏子の関係者だけが神事を執り…

秋祭りをはじめて経験したような気分になりました。現代がどこかに消えてしまい、昔日がそこにあるようでした。

東九条の篤農家から八幡神社の秋祭りは「うちのものや」と教わりました。去年の収穫を少しばかりお手伝いしたこともあり深い興味を覚えました。 参道で祭の始まりを待っていると、布団を屋根代わりにした御輿が到着しました。そのときから時代が一気に数百年…

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