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奈良のアラカルト=ナラカルトは奈良の観察記録です。

紀州和歌山 湯浅/蜜柑、金山寺味噌、醤油、熊野古道、紀伊国屋文左衛門、明恵上人。そして西方浄土。

奈良にとって熊野は特別な場所です。そしてその向こうの海に思いを馳せています。伊勢や那智がありますが湯浅を忘れるわけにはいきません。

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湯浅は熊野古道の中間で和歌山県海沿いの北部に位置します。山の斜面はほぼ蜜柑畑。有田みかんの産地です。もう一つの名産は金山寺味噌とそこから誕生することになった醤油です。鎌倉時代のこと。中国から帰った臨済宗の僧である覚心によって金山寺味噌の製法がもたらされました。水が醸造に適していたのです。あるとき偶然に桶の底の「たまり」を発見しました。醤油発祥の地として知られる湯浅のエピソードです。

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熊野古道の宿場町としても知られた湯浅。いまでも昔の面影を残して南北に通り抜けています。古代から信仰に深く関わった町です。鎌倉時代には華厳宗の中興の祖と言われる明恵上人が誕生しています。勢力のあった豪族の出ですが奈良と京都で仏教のなんたるかを学びます。ひとたび湯浅に戻り、近隣の白上山でさらなる修行と学問に励みます。この地での悟りがあってこその高山寺明恵上人となります。建礼門院や仏師の運慶と快慶も帰依しています。

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ここから蜜柑を江戸に届け、ついには材木商となり、財をなした紀伊国屋文左衛門も湯浅の出身です。いまでも出港した港が残っています。小さな町なのにどこかダイナミック。

ひょっとすると海がもたらすなにか特別のものがそうさせるのかも知れません。明恵上人然り。湯浅から見る海にはどこか惹きつけられるものがあります。じっと見つめていると遠くに西方浄土があるような気になります。そうか、明恵上人は毎日この海を見ていたのか。

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湯浅は古代の奈良の上皇や貴族を虜にしました。いまある熊野古道とは違うルートで吉野から入ってきたようです。信仰のためとはいえ厳しい旅です。どうしてそこまでと訝しく思いましたが、防波堤に立ち周囲を見渡してみると納得がいきました。洗われる気持ちがふつふつと湧き起こったことでしょう。

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