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奈良のアラカルト=ナラカルトは奈良の観察記録です。

奥飛鳥 稲渕集落/蘇我家打倒の気運が高まり謀議はここ稲渕で。入鹿の暗殺を経て国家の体裁は整えられていきました。

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奥飛鳥の入り口に蘇我馬子の古墳と推定されている石舞台があります。そこから少し南下すると稲渕の集落ですが、その途中にきわめて珍しいピラミッド型の古墳があります。これは蘇我稲目のものと比定されています。勢力の強さを物語っていますがそれだけに反発する力も大きくなっていました。

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稲渕集落に南淵請安の家がありました。小野妹子について遣隋使となった人です。最新の学問を持ち帰り、皇族や官僚に国の在り方に関わる重大な知識を伝えました。このとき蘇我一族の古い体質は否定され、ついには抹殺すべきという結論を導き出しました。

蘇我入鹿暗殺は成し遂げられ、時をおかずして大化の改新がはじまりました。国家の体をなしていなかった蘇我時代は終わったのです。それらのはかりごとは稲渕で秘密裏に練られたものです。国らしくなる、始まりのはじまりが稲渕でした。

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千数百年前から存在しているとおぼしき稲渕の棚田は標高差50メートル。工夫された石積みが続きます。すぐ脇を吉野に抜ける街道が貫いていますが、ここを頻繁に利用した持統天皇も、西行庵を目ざした松尾芭蕉も、ただただ驚愕したことでしょう。

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