nalacarte

奈良のアラカルト=ナラカルトは奈良の観察記録です。

慈光院(2)茶庭の風景/ありきたりの図面を引き裂いてしまったか。小さな茶庭も、天に連なる茶庭も設えてあります。

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禅によって茶道は完成しました。禅を会得した者だけが茶の湯の肝心を飲み干すことができると言います。ただ飲むばかりなりという利休のことばがありますが、まさしく禅の世界観です。片桐石州は禅のことばを身につけていたのでしょう。作庭に窮屈な思考がありませんでした。

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木を植えただけでは庭になりません。石を置いても禅の庭になるわけではありません。石州は取り決めのうるさい茶道にある常識的なセオリーを眼中に留めていなかったようです。信じたのは禅のことばのみ。そこからイメージされる庭を素直に描ききったのでしょう。

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柱と柱のあいだから見える庭に緊張感が生まれています。窓枠という額縁が一枚の絵に仕立て上げています。陰影の効果を取り込み、人間の動きを計算して、その大きさや色が決められていました。禅はいつも自然とともにありました。そのことを思い起こさせてくれる風景が広がっていました。

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