nalacarte

奈良のアラカルト=ナラカルトは奈良の観察記録です。

東大寺 末寺 五劫院/大仏殿、再建の真っ最中、公慶は江戸で客死する。

f:id:nalacarte:20171122133240j:plain

勧進のため、何度もなんども江戸におもむいていました。あるとき最大の支援者であった徳川綱吉の母である桂昌院の逝去に遭遇しました。供養し、葬送しましたが、その時の疲れが公慶の身をむしばみました。体調を崩した公慶はそのまま息を引き取ったのです。

f:id:nalacarte:20171122133312j:plain

f:id:nalacarte:20171122133350j:plain

f:id:nalacarte:20171122133424j:plain

すでに棟上げは終わっていましたが落慶に間に合いませんでした。享年58歳。どれほど悔しかったことか、想像に難くありません。本人は東大寺の大仏殿の側に埋葬してほしいとの願いがあったようですが、境内に墓は造らないというしきたりに押し切られて五劫院に眠ることになりました。

f:id:nalacarte:20171122133457j:plain

f:id:nalacarte:20171122133526j:plain

f:id:nalacarte:20171122133554j:plain

公慶のふんばりによって大仏殿はよみがえり、奈良には全国から参拝者が押し寄せたそうです。そして図らずも奈良は蘇生されました。朱塗りを施した廻廊もこのときに再建されたものです。

f:id:nalacarte:20171122133644j:plain

f:id:nalacarte:20171122133714j:plain

五劫院は大仏殿から北に500メートルのところにあります。公慶の墓の横には後を引き継いだ公盛も眠っています。

f:id:nalacarte:20171122133737j:plain

f:id:nalacarte:20171122133810j:plain

Copyright(c)2016 Nalacarte.All Rights Reserved.