nalacarte

奈良のアラカルト=ナラカルトは奈良の観察記録です。

元興寺と奈良町/およそ700年前から境内は宅地化。400年前に現在の町割りが成立しました。

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もともとは飛鳥にあった法興寺(現在の飛鳥寺)。平城遷都に伴い官寺として奈良にやって来ました。空海が起居し仏法を学んだ僧坊(現在の本堂+禅室)が残っています。土一揆の火災で大部分が消失し、寺域がぐんと小さくなってしまいましたがそれでも飛鳥時代の瓦が残っています。

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猿沢池のすぐ南が元興寺境内の北の端だったそうです。南の端は猿沢池からおよそ1キロメートル南下したところで納院町にある「ならまち格子の家」のあるあたりです。その辺りに南大門があったとか。猿沢池とならまち格子の家を直線でつなぎ、それを基軸にして東西にそれぞれ100メートル弱歩いたところが敷地の境界になります。すこし離れたところに五重塔の跡地があります。そこまで歩いてみればもともとの境内の大きさが想像できます。

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奈良町の、そのほとんどは元興寺の境内でした。町名一つとっても元興寺に由来するものが目につきます。たとえば花園町は仏花のための花畑があったところ。南大門とおぼしき場所の近くになります。宅地化された境内。近代的な都市計画では見ることのできない面白みで満たされています。

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