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奈良のアラカルト=ナラカルトは奈良の観察記録です。

奈良盆地/東西15㎞南北30㎞の別天地。6000年前の縄文時代前期は巨大な淡水湖でした。

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奈良盆地は言わずと知れた古代の政治と文化の中心地でした。歴史家達はいろいろと推理を働かせ興味深い説を繰り広げています。紛れもなくこの国の中心地を置くにふさわしい魅力的な場所であったことを示唆するものです。遙か昔、大阪も巨大な内海だったようです。そのことに思いをはせていると謎が少しずつ解けてくるようです。ちなみに最も古いと言われる官道は東側の山並みを走る山辺の道ですが、ほぼ平均して標高60メートルの位置を南北に貫いています。今でこそ山中にある道ですが当時は湖岸の道だったのでしょう。西側の山並みでは斑鳩宮の間際まで水辺があったようで、一説によると厩戸皇子は舟で飛鳥に通っていたのではないかと言われています。

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盆地には幾筋もの川が流れています。佐保川、富雄川、飛鳥川などなど。それらの多くは大和川に合流し大阪湾へと流れていきます。この大和川こそ文化文明の唯一の道でした。大陸との人物交流や技術導入はこの川なくして成り立つことはありませんでした。

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周囲の山は低からず高からず。四季の美しさが手の届くところにあり、一年を通じて心を躍らせてくれます。西の明神山や東の龍王山は子どもでもたやすく登れる山ですが、そこから奈良盆地が一望できるほどのこぢんまりとした一帯です。しかしここから沸き起こったダイナミズムはどこにも引けをとりません。

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