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奈良のアラカルト=ナラカルトは奈良の観察記録です。

東大寺/室町時代末期の大風で倒壊した西大門。江戸の火事で焼けてしまった中門。近くに聖武天皇ゆかりの御拝壇がありました。

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みとりい池の北側に礎石だけの西大門跡があります。さらに北に向かえば中門(焼け門ともいう)、そして転害門となります。いまでこそ南大門の方が東大寺の正面になっていますが天平時代はこちらの方が表だったように思われます。二条大路につながっていた中門(焼け門)跡を曲がると、すぐ右手に御拝壇がありました。江戸に整備されたものということですが、聖武天皇をはじめとする歴代の天皇はまずここで大仏に頭を垂れてから参拝したそうです。

ちなみに御拝壇の反対側を見ると明治の元勲や文化人が投宿したいまはなき対山楼の跡地がありました。

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西大門のあったところに一里塚の碑があります。道の起点です。ということはJRや近鉄の鉄道が引かれるまではここが中心的役割を担っていたということでしょう。この道を北へまっすぐ上れば京都です。注意深く観察していると江戸時代や明治時代からの老舗店舗や旅館跡が少なからず見受けられます。おそらく往時には駕籠や馬車がしきりに行き来していたと思われます。

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信仰とはなんだろうと考えながら歩いてみれば、黙々と真っ直ぐ歩を進める老若の僧侶に出くわしました。どこかで法会でもあるのでしょう。鹿はこの光景の中でともに生きてきました。1000年以上なにも変わっていないはず。いやはや!

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