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奈良のアラカルト=ナラカルトは奈良の観察記録です。

元興寺の夏/もとは蘇我馬子の本格派寺院。飛鳥時代の瓦ばかりか、空海が起居し仏法を学んだ僧坊も残っています。

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飛鳥にあった法興寺(現在の飛鳥寺)がルーツです。蘇我家の没落もあって、平城遷都に伴い官寺として奈良にやって来ました。そして元興寺と名をあらため興隆しましたが、土一揆の火災で大部分が消失し寺域がぐんと小さくなってしまいました。東大寺興福寺と肩を並べる大寺院だったそうですから何をかいわんや。荒れ果てた地域は世俗の者どもの住居地に取って代わりました。それがいまある奈良町です。元興寺に由来する町名が目につきます。花園町、毘沙門町、高御門町・・・!

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こぢんまりとしてからと言うもの極楽往生を願う庶民信仰の場となりました。壮大な伽藍を失ったことが契機となり庶民の立場に寄りそう寺院となったようです。小さいながらも品格があるのは官寺としての出自があったからかもしれません。五重塔の跡地にはいまでも見事な礎石が残っています。境内が宅地化されて誕生した奈良町ですが、どこか落ち着きのある佇まいを醸し出しているのはそうした文化財があちこちに残っているせいでしょう。・・・いやはや!

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