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奈良のアラカルト=ナラカルトは奈良の観察記録です。

興福寺 東金堂/聖武天皇は叔母であった女帝の元正天皇のために建立しました。平癒のための祈りの場でした。

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父の文武天皇は7歳の時に急死しましたが、幼すぎた皇子は天皇になることができませんでした。そこで父の母、そして母の妹が中継ぎの天皇となりました。異例ずくめですがようやく24歳の時に即位することになりました。生誕したときから波乱の中で生きた聖武天皇。祖母と叔母の機転があって天皇に即位できたようです。母は心に障害があったため37歳になるまで拝顔することも叶いませんでした。天皇の座を狙う不穏な空気はいつでもありました。叔母は独身を貫いてまで首皇子聖武天皇)を守り抜いたのです。

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女帝としての叔母は元正天皇といいました。聖武天皇が即位したのち大病にかかりました。聖武天皇は平癒祈念のためにあらゆることをしたようですが、最終的に興福寺の東金堂を建立することで安寧を求めました。ちなみに元正天皇は叔母でしたが事実上の母といって差し支えない存在だったのです。

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聖武天皇の前は女帝が二代続きました。そして男系の天皇として初めて生前譲位し娘に天皇の座を渡しました。女帝の孝謙天皇の誕生です。激動の時代であった証左ともいえます。東金堂はのちの東大寺大仏殿とならんで象徴的な存在となりました。その姿、男性的な大仏殿と違ってとてもたおやかです。

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